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酒井順子「言葉のあとさき」

「自分らしさ」に疲弊して

 そんな中で湧いてくるのは、今の世の人々は、そんなに「自分らしく」生きられていないのか、という疑問です。特に若い世代が好む歌などを聞いていると、自分らしさを激しく希求している様子が感じられて、「大丈夫なのか」と思えてくる。
「自分らしく」との言い方は、私が若い頃は、今のように流行していませんでした。若者だった我々が「自分らしく」生きていたのかどうかは定かではありませんが、少なくとも自分らしさを抑圧されているという意識は、なかったと思う。
 私が「自分らしく」という言い方を初めて意識したのは、今から15年以上前のことでした。2003年に刊行した拙著『負け犬の遠吠え』は、30代以上の独身女性達について書いた本ですが、それがテレビドラマになった時のこと。物語の詳しい内容は忘れたのですが、テレビドラマの常としてすったもんだがあった末に、久本雅美さん演じる主人公が、
「自分らしく生きていこう!」
 と心に決めて、ドラマは終了したのです。
 この時点で私には、「自分らしく」という言葉が新鮮に聞こえていました。「なるほど、こういう言い方は負け犬にとっていいかもね」と思ったことを、覚えています。女は結婚して子供を産んでナンボ、という固定観念から解放される響きがあるではないか、と。
 それ以前からも「自分らしく」という言葉は存在していたとは思います。が、その辺りから、日本では急激に、「自分らしさ」をあがめる気運が高まっていったのではないか。
 たとえば、同じく2003年にはSMAPが「世界に一つだけの花」を歌って、大ヒットとなりました。今も歌い続けられるこの歌は、「ナンバーワンでなくてもオンリーワンでいいんだよ」という内容であり、作詞作曲は槇原敬之さん。似たような主張を持つ相田みつをカレンダーとの相乗効果もあり、無理して努力したり自分を装ったりするのではなく「そのままでいい」的な空気が、日本を包んだのです。
 当時の日本は、バブル崩壊以降の景気低迷が長引き、ゆとり教育が本格化したという時代。一方では、六本木ヒルズができて「ヒルズ族」のような人達も登場。パッとしない日本に対する諦めムードが漂う中にも、機を見るに敏なヒルズ族的な人々も確実に存在するという事実を見せつけられて、人々は「これでいいのか、自分」という気持ちになっていたのでしょう。
 高く、太くそびえる六本木ヒルズの高層階で、IT長者が美女とシャンパンを抜いていると思えば、焦りや自己嫌悪が湧いてくる。そんな時に「オンリーワン」とか「そのままでいい」と言ってもらえば、安全地帯に逃げ込んだような気持ちになることができる。……というわけで、我々は「このままでいいんだね」と、安心したのです。
「そのままでいい」的な言葉は、既に問題視されていた格差社会にあらがおうとする人々のきばを抜く役割を果たしました。「そのままでいい」とか「あなたのせいじゃない」などと言われて安心し、「そのまま」であり続ける人が多かったため、ヒルズ族は安心して長者であり続けることができたのです。
 現在の「自分らしく」ブームもまた、そこからの流れを汲んでいます。無理して頑張ったりせず、自分のあるがままでよい……という空気は、変わらずに日本を覆い続けていると言っていいでしょう。
 しかし微妙な差異はあるようです。2000年代初頭の「自分らしく」は、ヒルズ族のようなきらきらしい存在から目をらすための言葉であったのに対して、今の「自分らしく」からは、そこはかとない被害者意識のようなものが漂う気がするのです。すなわち、
「自分らしく生きたい」
 といったフレーズに反応する昨今の若者は、自分達は仮想敵から「自分らしさ」を奪われている被害者だ、という意識を、持っているのではないか。
 若者には敵がつきものですが、従来の若者にとって、敵といえば大人でした。ヒッピームーブメントの時の若者は「30歳以上は信じるな」と言っていましたし、1980年代のツッパリ(今で言うヤンキーのこと)は、自分達を抑えつけようとする大人達に対して、突っ張っていたのです。
 では今の若者の「自分らしさ」を奪っているのは大人なのか、と考えてみますと、そうではなさそうです。若者は今や、貴重品。個性の芽を摘むような従来の教育法はよくないということで、個性を尊重する教育に切り替える努力も、なされてきました。いずれにせよ、大切な「お客さま」であり「フラジャイル」である若者を、大人達は真綿でくるむように育てているのです。
 だからこそなのか、若者達は大人が眉をひそめるようなことを、あまりしません。酒やタバコを禁じる以前に、「そんな身体に悪いものなんて」と、酒やタバコには最初から興味すら持っていない。ギャルが跋扈ばっこしていた時代までは盛んに言われていた性の低年齢化についても、
「セックスとか、それほどしたくないですし……」
 という感じ。羽目を外すといっても、せいぜいハロウィンの夜に騒ぐくらいが、関の山なのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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