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一人で過ごす「自由」が一年で最もかすむのは【第9回 家族、義家族、一人、それぞれの年末年始】

大量の一人客が、黙ってコーヒーを…

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 さらに歩を進めていくと、コーヒーチェーン店がありました。チェーン店はお正月から営業しているのであり、コーヒーが飲みたくなった私は、そのお店に入ってみることに。
 店内は、意外なほどに混んでいました。座っているのは、ほぼ全てが一人客です。スターバックスのような若者が好む店ではないので、目につくのは中高年の男女。
 カウンターでコーヒーを買いながら私は、
「ここにいたのか!」
 と思ったことでした。お正月に外を歩いていて目につきがちなのは、家族で初詣に行く人々や、夫婦・親子で親戚の家を訪ねる人、はたまた子供と遊ぶ親など、家族連れの姿です。一人でいる人達は家の中にこもっているのかと思いきや、コーヒーチェーンの店内で、こんなに大量の一人客が、黙ってコーヒーをすすっていたではありませんか。
 私もその一人となるべく、席につきました。おせち料理は何かと甘い味付けのものが多いので、コーヒーの苦味が、その甘さを洗い流してくれるかのよう。こんなこともあろうかと思って持ってきた文庫本をひらけば、心地よい読書タイムが始まります。
 他の人々も、それぞれがスマホを眺めたり、本を読んだりと、のんびりした時を過ごしていました。そこには、一人で年末年始を過ごしている人もいるでしょうし、家族とずっと過ごすことに疲れて、逃避タイムを味わっている人もいることでしょう。そんな人々と言葉を交わすわけではないけれど、そこはかとない連帯感を抱きつつ、私はコーヒーをすすっていたのです。
 お正月のコーヒーチェーンは、家族と過ごしている人にとってもそうでない人にとっても、安全地帯のような役割を果たしているのかもしれない。

一人正月がスタンダードに?

 ……そんなことを思いつつ店を出ると、すでに日が暮れかかっていました。
開いているお店も少なく、歩く人も減ってきた町で、私は一人で歩くおじいさんとすれ違いました。
 妻に先立たれてしまい、一人でお正月を過ごさなくてはならないおじいさんがコンビニに食べ物を調達しに行くのだろうか。そう思うと少しかわいそうになってきたのですが、しかしそのような同情は、私の思い上がりなのかもしれません。
 おじいさんは単に、
「すき焼きに使う卵が足りなくなりそうだから、ちょっと買ってきて」
 と妻に頼まれ、コンビニに向かっているだけなのかも。
 はたまた妻に先立たれていたとしても、おじいさんは実はおせち料理も、妻が作るお雑煮の味も好きではなかったので、そこから解放されて好きなものを食べることができるお正月に、自由を感じているかもしれない。勝手に「かわいそう」と思うのは、こちらの偏見でしかありません。
 SNSでは、ある七十代の独身男性が、元旦の夜に唯一開いていた近所の居酒屋チェーンに入って一人で鍋を食べた、という投稿をしていました。家族で賑やかに囲むご馳走の画像ばかりのお正月のSNSにおいて、その投稿は異彩を放っていたのです。
 しかし私には、一人用のアルミの小鍋の画像が、どこか清々しくも見えたのでした。その人は、お正月に一人でいることを、過剰に大ごととして捉えておらず、淡々と一人鍋を楽しんでいる。
 六十代の独身女性は、自分一人のために作ったというおせち料理の画像をアップしていました。つやつやの黒豆や、色合いも鮮やかななますなどの出来栄えの見事さからもまた、吹っ切れたものが感じられた。
 若者が、自らのクリぼっちぶりを自分でわらいとばすようになった今、中高年もまた、〝正月ぼっち″を楽しむことができるようになっているのかもしれません。家族で過ごすお正月は素晴らしいけれど、一人で過ごすお正月もまた、そう悪いものでもない。高齢化、非婚化が進む日本においては、一人正月の方がスタンダードになっていく可能性もあるのです。
 いずれ一人で過ごす日が来るとしたら、私も一人でじっくりとお正月を堪能したいものです。自分のためだけにおせち料理を作る気力は無いけれど、豊富に出回っている一人用おせちなどを購入し、ちびちびとつまんでからコーヒーチェーンへと繰り出せば、コーヒーの苦味はきっと、五臓六腑に沁みわたることでしょう。

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*次回は2月23日(月)公開予定です。

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』『老いを読む 老いを書く』『松本清張の女たち』『ひのえうまに生まれて 300年の呪いを解く』の他、『枕草子』(全訳)など多数。

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