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一人で過ごす「自由」が一年で最もかすむのは【第9回 家族、義家族、一人、それぞれの年末年始】

一人旅、一人暮らし、ソロ活。
縛られず、気兼ねなく過ごせる一人の時間は自由気ままで、得難い魅力があります。
一方で、孤独死、孤食、ぼっちなど、「一人」に対して、否定的なイメージがつきまとうことも否めません。
家族関係も多様となり、ネットやオンラインで会わずにつながる関係性も行きわたった昨今、一人=孤独というわけではないにもかかわらず…。
隣に誰かがいても、たとえ大人数に囲まれていても、孤独は忍び寄ってくるもの。
『負け犬の遠吠え』『男尊女子』『消費される階級』『ひのうえうまに生まれて 300年の呪いを解く』など、数多くの著書で時代を掘り下げ続ける酒井順子さんが、「現代人の孤独」を考察します。

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お正月なのに、一人じゃ寂しいでしょう?

え・たんふるたん
え・たんふるたん

 家の近くにあるアパートの、とある部屋に住む人は、在宅の仕事なのか、基本的にいつも部屋にいるのでした。この年末年始もずっとその部屋には灯りがついていたのであり、「帰省しなかったのだなぁ」と私は思った。
 知り合いであれば、お雑煮の一杯でも食べに来るように、と言ってあげたい気もします。が、あいにく私は、その人の顔も名前も知りません。
 ご近所中のプロフィールが共有されているような田舎であれば、一人暮らしをしている人のために、招いたりつどったり、はたまた料理を届けてあげたりと、様々な心遣いがなされることでしょう。しかし東京においては、昔からの付き合いでない限り、なかなか近隣の人と仲良くならないもの。都会の寂しさを感じつつ、アパートの部屋にずっとついている灯を眺めたことでした。
 とはいえ、それが都会の良さでもあるのです。年末年始に、部屋に一人でずっと引きこもる自由が、都会にはある。
「お正月なのに、一人じゃ寂しいでしょう?」
「いい人、いないんかい?」
 などと、思いやりとともにお正月に一人でいることをやんわり非難する人は、どこにもいません。いつでものびのびと一人でいることができるのが、東京という街なのです。
 お正月は、孤独と非孤独が、強いコントラストで示される時期です。お正月は家族で過ごす時間とされているが故に、家族を持たない人は、いつも以上に自分の立場が骨身にみる。また家族を持つ人は、普段はバラバラに行動している家族が急に集まったり、親戚縁者までもが集まったりするという過剰な非孤独感の中で、疲弊する。
 夫の実家に行った妻、妻の実家に行った夫などは、義家族の中で気を遣いながら、「ああ、一人になりたい」と思うもの。
「お正月は、夫婦がそれぞれの実家に行くことにしている」
 という人が増えているのも、無理のないことなのでしょう。
 お正月に人々に襲いかかる孤独や非孤独は、個人の力ではコントロールできないものです。日本では微弱になってきた「家族をつなげていかねばならぬ」という信念が、最も盛り上がりを見せるのが、この時期。だからこそ、家族に属さない人の孤独感も、属する人の非孤独感も大きな盛り上がりを見せ、ストレスや多幸感をもたらすのです。

〝つながってない感″と〝つながっている感″

 お正月に家族が集まって、
「あけましておめでとうございます」
 と決まった言葉を唱え、決まったものを食べたり飲んだりして、お年玉をあげたりもらったりする。それは、家族が家族であることを確認し合うための儀式です。
 儀式というものは、準備をするのも参加するのも面倒だけれど、その面倒くささを乗り越えると、意外な達成感が得られることがあります。その達成感を毎年繰り返すうちに、次第に儀式をせずにはいられない精神が育っていくのでした。
 お正月の儀式は、家族という集団に対する帰属意識を育みます。お正月に家にいるのが面倒で、お年玉をもらったらすぐに友達と遊びに出てしまう子供たちも、やがて大人になれば、実家のお雑煮の味やらしめ飾りのタイプなどを、自分の家族においても踏襲したりするのでした。
 家族という集団から足抜けしていたり、家族を持っていない人の孤独感は、お盆やゴールデンウィークにも感じられるものです。が、何といっても最強なのは、お正月がもたらすそれ。普段は、一人だからこそ得られる自由の方が魅力的に見えるのに、この時期に限っては、家族というちょっと古めかしい錦の御旗が、何とまぶしく見えることか。
 私はといえば例年、同居人と共に、年越し蕎麦におせちにお雑煮といった年末年始の家族プレイを決行しています。が、子も孫もいないので、それ以上の展開は、望むべくもない。新年会を開催するとしても、もはや親戚感の漂う友人達が来る程度です。
 SNSを見れば、三世代、四世代と集まっておせちなどを囲む画像が上がっているのでした。少子化の時代においては、どんなに豪華なご馳走よりも、たくさんの家族が集まっている図こそが、最も贅沢なお正月画像。
 そんな画像を見ていると、我が家の〝つながってない感″が、如実に浮かび上がるのでした。他人の家の〝つながっている感″が眩しくて、思わず拡大して、その真っ当さをしげしげと眺めてしまう。
 今年のお正月は、元旦から食べたり寝たりの繰り返しで、あまりに運動不足だったので、一人で近くの公園へ散歩に行ってみました。公園には広場があって、お正月には必ず、凧揚げをしている親子を何組も見ることができるのです。
 凧と言っても、「龍」などと書いてあるような昔ながらの紙と竹ひごでできたものを使っている人は、もういません。昔はゲイラカイトと言われたタイプの、三角の凧をあげている人ばかりです。
 親御さんとしては、日本のお正月らしい体験を子供にさせてあげたいと思って、公園にやってきたのでしょう。小さな子供が、凧の糸を持って空を見上げる姿は、微笑ましいものでした。
 私はその様子を眺めつつ、また「そういえば私も子供時代、お正月に親と凧揚げをしたことがあるのに、その経験は、次世代につながってはいかないのだなぁ」などと思っていました。凧揚げばかりではありません。羽根つきに福笑いに双六と、今となっては「サザエさん」でしか見ないような伝統的な遊びもしたものだけれど、それらの体験も、私で打ち止めとなる。
 

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』『老いを読む 老いを書く』『松本清張の女たち』『ひのえうまに生まれて 300年の呪いを解く』の他、『枕草子』(全訳)など多数。

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