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かつて神童だった学歴狂が思わず自分を重ねてしまう〈天才少年〉バブルガムフェロー【人生競馬場 第4回】

「男が女に負けるのは恥ずかしい」

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 レースはトウカイタローやカネツクロスが先頭で引っ張って縦長の展開となり、最後の直線で有力馬バブルガムフェロー、マヤノトップガン、サクラローレル、マーベラスサンデーらが争う形となった。そして外から強烈な末脚で襲い来るマヤノトップガンをバブルガムフェローが内で見事に抑え切り、なんと59年ぶりに四歳(現三歳)で天皇賞(秋)を制するという偉業を成し遂げたのである。これは四歳だったナリタブライアンが有馬記念で古馬相手に圧勝したのと同じく、まだ若かった私には痛快な「事件」だった(なお、オッサン側の視点から見てみるとこれは悲しい事件である。私はいつも思っているのだが、オッサンが元気になるようなニュースが世の中には少なすぎる。文学賞の応募作にはリタイア後のオッサンが書いた、主に若い女性から自然と好意を寄せられる系のキモキモ妄想話が多いと聞くが、まあそのぐらい書かせてあげてほしい。それに、そんなキモキモ妄想フォーマット小説が書かれまくって洗練され、ついにはとんでもない名作を生む可能性だってあると私は思っている)。

 その後バブルはいろいろあった末、97年宝塚記念でマーベラスサンデーの二着、秋の毎日王冠で優勝し、前年覇者として再び天皇賞(秋)に挑むことになる。この時私は中学一年生。すでに爆発的な学業成績で田舎の神童となっていた。それまではふわりとした自己投影に過ぎなかったのだが、この頃にはまさに「天才少年」として、私はバブルガムフェローと勝手に一体化していたのである。このレースはバブルガムフェローが単勝1.5倍の圧倒的支持を集め一番人気、そして名牝エアグルーヴが4.0倍で二番人気(なお、本レースには覚醒前のサイレンススズカも出走して大逃げを打ってバテていた)。

 牝馬(女の子)が強くなってきていることはわかっていたが、やはりド昭和的思想の権化である父親にクソ田舎で育てられた私は、当時「男が女に負けるのは恥ずかしい」という考えをしっかりインストールされており、足のめちゃくちゃ速い女の子に50メートル走で負けたり、体育の卓球で負けたりすると激へこみしていた。私は全然卓球が強いわけではないのだが、女子に負けた後よほど様子がおかしかったのか、直後の給食の時間その女子にじっと見つめられ、「あんた、そんなに卓球自信あったん?」と聞かれたのを覚えている。

 この良くない傾向はなんと予備校時代まで続き──これはエッセイ『学歴狂の詩』にも書いた話だが──駿台京都南校時代にライバルだった帰国子女に英語でぶっ放されて京大コース前期二位に終わった時、私はその女の子をチート扱いして負けを認めなかった。さすがにそんな旧弊な考えは大学入学以後の人生で粉々に打ち砕かれたが、当時の私はそうした謎の昭和精神を宿した小型おじさんだったため、なおさらバブルガムフェロー大応援なのであった。

 レースはご存じのとおり(かどうかわからないが)、バブルガムフェローとエアグルーヴが三着ジェニュインを五馬身突き放す激しいマッチレースとなった。そして外から伸びてきたエアグルーヴをバブルガムフェローが一瞬抑え込みかけるものの、エアグルーヴがエグいほどのド根性でバブルをクビ差差し返して17年ぶりの天皇賞(秋)牝馬優勝を果たした。そしてこれが「女帝」の名をほしいままにする契機となったのである。

 続く97年ジャパンカップでもバブルガムフェローとエアグルーヴの二頭が再び相まみえる形となり、私はバブルの名誉挽回を祈りに祈ったが、残念ながら優勝は海外馬のピルサドスキー。エアグルーヴとバブルガムフェローは2、3着だったが、凱旋門賞2着2回、その他海外GⅠ勝ち多数のピルサドスキーにクビ差と食い下がった女帝エアグルーヴに対し、バブルは「いやーもう無理っす笑」と言わんばかりに一馬身ほど置いていかれていた。そして、このジャパンカップがバブルガムフェロー現役最後のレースとなってしまったのである。

 古馬を蹴散らし時代を塗り替えたいわば「神童」は、後にまだ現在ほど牡馬と対等だと目されていなかった牝馬に敗れ去り、一瞬のまばゆい輝きとともに時代の徒花と散っていった──そこに私は、ペーパーテスト連勝街道を突っ走って田舎で神童ともてはやされ、東大どころか海外のトップ大学に行った方がいいのではないかとまで言われた男が、やがて現役でJAPANのトップでもない京都大学に敗北し、さらにはなんとか入れた一流企業を秒で辞めるところまで落伍した、そんな自分史を今でも重ね合わせずにはいられない。ジャパンカップ3着という客観的に見れば立派なラストランでこんなことを言われるバブルガムフェローも迷惑だろうが、私はどうしても96年の天皇賞(秋)で見たバブルガムフェローの雄姿を忘れることができないのである。

 次回連載第5回は12/13(土)公開予定です。

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佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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