2025.10.29
働いていると学べなくなる? フィンランドにある誰でも自由に学べる学校(第1回 前編)
いつもは文法を習う授業にある日、学校の図書館司書のサリがゲストスピーカーでやってきた。
「この建物はちょうど100年ほど前の1927年に、労働者が学ぶために建てられたもの。このあたりは労働者階級が住む地域でした」
とスライドを見せながら話してくれた。
サリの話や、そのあとでサリが図書室で貸してくれた『労働者学校の100年誌』(OODI SIVISTYKSELLE Helsingin Työväenopisto 100 vuotta 、Samu Syetrom著)などによると、この学校の辺りは19世紀末から20世紀初頭にかけて、フィンランドの地方出身の労働者たちが多く暮らしていたらしい。
そのころ、特権的なエリート層から「教育を受けていない大量の労働者たちにも生活改善や学習の機会を与えよう」という、啓蒙的な運動が起きてきた。1912年にまずカッリオ教会とカッリオ図書館ができ、その2年後に「ヘルシンキ労働者学校」が設⽴された。それは、フィンランドで9番目に古い労働者学校だった。1917年、フィンランドはロシア帝国から独立。さらに10年経って、図書館と教会のすぐ近くに、ヘルシンキ労働学校の現在のピンク色の建物が建てられたのだ。ここでは、フィンランド語の読み書きや、スウエーデン語や英語といった外国語、新しい技術や家事のやり方を学び、美術や音楽、演劇などに触れることができた。定員の10倍ぐらい希望者があって、当時は中年の人たちが多かったという。
そういえば、学校からすぐ近いカッリオ図書館も美しくてユニークな、フィンランドで最も古い公立図書館の一つだ。
「当時、珍しかったのが、司書に頼んで本を出してもらわなくても、自分で本を取り出せる開架式だったことです。そして、1日働いた仕事のあとでも図書館に来られるように、夜まで開館していたんです」
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労働者学校と連携した講座や、学習会も開かれていたという。
労働者学校では次第に、職業訓練や学位取得よりも、「人文的で、学問的で、中立で、対話的であること」の価値が共有されるようになった。この学校で労働者の権利や組合運動について学び、自己主張する力を得たことで、フィンランドの社会福祉制度の基盤形成にも役立ったと評価されている。
設立当初は、地方から都市にきた、教育を受けていない人の社会統合が目的だったが、今では外国人移住者たちがその主な対象の一つになっている。
現在、このヘルシンキ労働者学校での年間の開講講座、公開講座は、全部で1300件(コース)、受講者、参加者数はのべ3万4220人という。第二言語としてのフィンランド語や、他の外国語、手工芸、美術や音楽、料理やパソコンなどのクラスがあり、大学の公開講座や講演会、コンサートや演劇などもある。
市の補助があるので安価で、無料のものも多い。2年前に発足した新政権の下、緊縮財政が進むフィンランドでは、移民の語学教育や統合支援に対する補助金も減額されているのでどうなっているか聞いてみると、
「外国人向けのフィンランド語講座についてヘルシンキ市の予算は減っていない。むしろ、より強化してほしいと言われているところ」とサリは答えた。
サリの話を聞くまでは、この学校はなんとなくカルチャーセンターのようなものかなと思っていた。なぜかというと、フィンランド語のクラスに集まってくるのは外国人たちだが、それ以外の文化系のクラスをのぞいても、学食のようなカフェでゆったりと談笑したりしているのは、年配のフィンランド人が多かったからだ。そんな理想と歴史があったとは想像もしなかった。
でも、少し調べてみたら、日本も戦後の民主化・教育改革の一環として、市民が自由に学び、教養を高める機会を提供しようと「社会教育法」が作られ、公民館などが設立されて、カルチャーセンターもその流れをくむということが分かった。もっとさかのぼれば日本にも同じころに労働者教育運動があり、例えば1921年にその名も「大阪労働学校」が設立されたそうだ(労働者教育運動の足跡ー大阪労働学校の人びと)。
かつて、働くためにヘルシンキに集まってきた人たちは、労働者のために建てられたこの新しい学校に通った。教会の鐘を聞き、近隣の工場や港で働いたあとは、新しくできたあの公衆サウナ、コティハルユンサウナで汗を流しただろう。その足で、夜までやっているカッリオ図書館に行ったかもしれない。あるいは開架の本に手を伸ばし、新聞を読み、労働者の権利について話し合ったかもしれない。
そう思うと、学校の古めかしい図書室にも、学んでいた人たちの喜びや熱気、希望が息づいているような気がした。そういえば、この図書室で、思わぬ出会いもあった。
第1回後編は11/11(火)公開予定です。
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