2023.6.7
地下アイドルとの衝撃の〈ぬいぐるみ〉セックス?!──AV男優しみけんのセックスハウツーを頼った理由
幻視されたシナモン
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彼女と会話をしながら、店の閉め作業を粛々と進めた。グラスを洗って、冷蔵庫の中身を補充して、ゴミをまとめて、足りないお酒をお店のラインのグループに共有して、売上の計算をした。
「山下さんの家に行きたいな」
洗ったグラスを拭いていると、水を飲みながら彼女が言ってきた。「ちょっと待ってて」と言って、残りの閉め作業を急いで終わらせた。一人では持ちきれないくらいペットボトルのゴミが出たから、彼女にペットボトルのゴミ袋を持つのを手伝ってもらって店を出ると、空が雲ひとつない青空だった。朝まで店番をした後に浴びる太陽の光は、乾いた目にひどく染みた。
ゴールデン街のG2通りを、花園交番通りの方に向かって歩いた。彼女はシナモンを片手で抱きながら、もう片方の手でペットボトルのゴミ袋を持って歩いた。G2通りと花園交番通りの境目に、「新宿ゴールデン街」と赤文字で書かれたアーチ看板があり、そのすぐ手前に組合のゴミ捨て場があった。持っていたゴミ袋をそのゴミ箱に捨てていると、
「あそこにシナモンが見える!」
ゴミを捨て終わった彼女が大きな声を出した。アーチ看板の向こう側、花園交番通りを挟んだ対岸の2階ほどの高さのところから、黒い柵と樹木に囲われた花園神社の拝殿の裏側が顔を覗かせていた。彼女はそこを指差していた。
「あそこにシナモンが見えるの?」
と聞くと、
「うん、シナモンが見えるっ!」
と彼女は言った。
「シナモンが見えるんだね」
と返すと、
「シナモンが見えるって言って、否定しない人が好きぃっ!」
彼女が小さく飛び跳ねながら大きな声を出した。僕には拝殿の裏のところにシナモンは見えなかったし、これからもずっと見えることはないと思った。けど、「シナモンが見える」という彼女の言葉を信じ、その言葉を通してシナモンが見えてる世界を想像することはできた。彼女の言うことを否定しなくてよかったな、と思っていると、
「ねぇ、見て。シナモンのお父さんとお母さんもいるよ」
彼女が今度は空を指差しながら言った。
「シナモンのお父さんとお母さんもいるんだね」
と言うと、
「見えるでしょ?」
と言ってきた。見えるよ、と言ったら嘘になるし、見えないよ、と言うと彼女が否定されてると思うかもしれなかったから、
「うーん」
と迷っていると、
「シナモンのお父さんは太陽で、お母さんは青空なんだよ。シナモンはね、お父さんとお母さんといつでも会えるんだよ」
と教えてくれた。シナモンにそんな設定があるだなんて知らなかった。てっきり、シナモンのお父さんもお母さんもシナモンと同じような容貌をしているのだと思っていた。お父さんとお母さんといつでも会えるだなんて、感傷からはほど遠い健康的な家族設定のシナモンは最高だな、と思った。
そのままアーチ看板の下をくぐって花園交番通りまで出て、新大久保にある自宅の方へ向かって歩いた。
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