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AV監督・二村ヒトシにゴールデン街で恋愛相談「二村さんって、なんでキモチワルいのにモテるんだろう?」

どうしようもないくらいに自分が注目されたい人

「あの、今日は君に聞きたいことがありまして。ゴールデン街で二村ヒトシの本の話をする人を見かけるってツイートをあなたがされてるのを見たんですけど、そんな人はどこにいらっしゃるんでしょうかっ!?」

思い出の最後が優しいハグだったから二村さんのイメージが自分の中で最高潮になってしまって忘れかけていたけど、すぐに思い出した。二村さんは、本当にどうしようもないくらいに自分が注目されたい人で、その気持ちを明け透けに表現する人だった、と。

「二村さんのファンがいたお店は、今度一緒に行きましょう。それにしても二村さん、相変わらず自分のことが好きなんですね。久しぶりに会ったけど、そのバイタリティが変わってないのが凄いですよ」

と返すと、

「まぁ、それも、まだチンコが勃つからだよ」

二村さんはどこか陰鬱な表情で呟くように言った。僕はその言葉を聞いて、衝撃を覚えてしまった。大学生のころ、二村さんが文筆家の岡田育さんと社会学者の金田淳子さんと共著で出版した『オトコのカラダはキモチいい』という本において、男は男性器以外の性感帯を開発するべきだ、と二村さんが散々言っていたからだった。そんなことを言っていた張本人が、こんなにも勃起に固執しているなんて!

「え、二村さん、勃たなくなっても大丈夫なんじゃないですか?『オトコのカラダはキモチいい』の中で、男はちんこで感じることばかり考えないで、乳首とかアナルを開発して感じるようになるべきだ、って散々言ってたじゃないですか。僕、その言葉を真に受けて乳首もアナルも開発したんですよ!」

驚きをそのまま二村さんにぶつけると、

「いやぁ、そうは言うけどさ、やっぱ男は勃たなくなったら終わりだよ」

二村さんはグラスに残っていたマッコリを一気に飲み干すと、

「はい、そうです。私が男根至上主義者です!」

と、志村けんの変なおじさんのように露悪的に言いはじめたかと思いきや、

「すぐこういう風に言ってしまうのが俺のダメなところだ」

と、こちらが何か言うよりも早く自分でツッコミをしはじめ、とにかく過剰な自意識がお祭り状態だった。

しかしまた、どうしようもないほどに自分の抱えている矛盾をそのまま曝け出せてしまう二村さんとお酒を飲んでいると、こちらも話しやすい気持ちになってしまうのも事実だった。男の人は性の話をするとやたらとかっこつけてしまう人ばかりなので、こんなにも率直に自分の矛盾を曝け出して取り乱してくれる人は珍しい。僕は、あまり他人には相談しない、最近の恋愛相談を二村さんに話したいな、という気持ちになった。二村さんとロフトプラスワンで初めて会った4年前は、性風俗店でしかセックスをしたことがなかったけど、二村さんと再会するまでのこの4年の間に、僕は彼女ができて、初めてお店以外でセックスをして、それから2年間の同棲をして、お別れをしていた。ロフトプラスワンのイベント終わりのサイン会で、二村さんの方にだけ並んでいた綺麗な人だった。

「二村さん、僕さ、お店以外で長期的な関係の中でセックスをすることができて思ったんですけど、どうやら僕は、自分という存在を受け入れてほしいという気持ちと、セックスをしたいという気持ちが、あまりにも密接に結びついているみたいなんです。セックスをしたいと強く思えた人とセックスをしたいと強く思えた瞬間にしかセックスをしたくない、という自分の気持ちにすごく自覚的になってきたんです。でも、この考え方は凄く自分の世界を狭めているようにも思うんです。自分という存在を受け入れてほしいという気持ちと、セックスをしたいという気持ちが結びつく必要なんて、なくてもいいわけじゃないですか。それなのにそこが結び付いてしまうところに、すごい偏りがある気がしていて」

さっきまで変なおじさんのようになっていた二村さんが、うん、うん、と相槌を打ちながら真剣に話を聞いてくれると、

「これは精神分析家のラカンって人の受け売りなんだけど。人間はもともと、赤ちゃんのころは言語以前の身体的なコミュニケーションをしてるんだけど、言葉を覚えることで、言語優位になっちゃうんだよね。言葉で物事を考えるようになっちゃう。君がこういう人とセックスをしたいってセックスをする前に言葉で考えるのは、そういう意味では実に人間的であるし、それは正しく倒錯的でもある。でも、別に好きでもなんでもない人とセックスをして、セックスをしたことによってその人のことが好きになってしまうっていうことも、もちろんある。セックスをする前に自分が抱いていたその最初の欲望が、本当の欲望とは限らない。どちらも、本当の欲望だから」

と、アドバイスをくれた。二村さんの隣にいた人妻の方も「山下さんの考え、凄くいいと思う」と言ってくれたので喜んでいると、二村さんが

「あっ、今いいこと言ったな俺。今度書く原稿で使おう。メモしなきゃ。なんだっけ、えーっと、最初に抱いていた欲望が、本当の欲望というわけではない」

と、スマホにメモをしはじめた。二村さんは、常に第三者の目を持って生きている人なんだな、と思った。だから飲みの場で喋ってることがそのまま原稿の材料にもなってしまうし、平場とイベントの壇上で喋ってるときの変化があまりない。

そんなにお酒が強くない二村さんはトマトジュースを飲みはじめ、終電が近づいてくると「終電だから帰らなきゃ」と言いはじめた。

「ザーメンパイパ~イ!」

ドルさんの声を背中に聞いて、お店を出た。お店を出ると二村さんは一緒にいた人妻の方に、

「あなたはこの男と残って飲むでもいいし、もし帰りたいなら僕と一緒に終電で帰るでもいいし」

と言っていた。僕は、その人妻の方が許すのであれば、一緒に2人で飲みたいな、と思った。いつもであれば、自分はこの人とセックスをしたいだろうか、とかいろいろ頭で考えてしまうが、そんな風に頭でっかちに言葉で考えることが自分の世界を狭めているのだとすれば、そんなことは考えず、とりあえず2人で飲んでみればいいのだ、と思った。

「よかったら飲み行きましょう」

人妻の方に手を差し伸べると、手を握ってくれた。

「じゃ、飲みいってきます」

お別れの挨拶をしようと二村さんの方を見ると、二村さんが親に見捨てられた子供のような心底悲しそうな顔を僕に向けてきていた。人間はあまりにも悲しそうな顔を向けられると動けなくなってしまうようで、そのまま3秒ほど、二村さんの悲しそうな顔を見つめるだけの永遠にも感じられる時間が続いた。二村さんのそんな顔を見ていると、27つも年下の僕ですら、なんだか母性をくすぐられたような気持ちになってしまって、「すいません。僕、こんな顔を向けられたら飲みにいけません。二村さんと一緒に帰ってあげてください」と、人妻の方の手を離してしまった。こんなふうに、二村さんは人を惹きつけているんだ、と思った。ずるいようにも思うけど、こんなにも素直な感情を他人からぶつけられることなんて大人になってからは中々ないことだから、悪い気はしなかった。人妻の方も、二村さんの悲しそうな顔を見て嬉しそうだった。自意識過剰でキモチワルいけど、自分の感情に素直な人だから、一緒にいて悪い気はしない。だから、二村さんはモテるのだろうか。駅に向かって歩く二村さんと人妻の方の背中を眺めながら、そんなことを考えた。

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山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』。

Twitter@sirotodotei

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