2022.11.2
AV監督・二村ヒトシにゴールデン街で恋愛相談「二村さんって、なんでキモチワルいのにモテるんだろう?」
「君は風俗界の燃え殻だ」
二村さんに一度だけお会いしたことがあったのは、2018年11月18日のことだった。はてなブログに書いていた性風俗エッセイが本になったとき、『めっちゃ前向きな風俗放談』というタイトルの出版イベントをロフトプラスワンでやることになった。
友人が経営をしている池袋の風俗店の事務所の一室を借りて、担当編集者の人と誰をイベントのゲストに呼ぼうか打ち合わせをした。30歳前後の若い風俗店の経営者やキャストの方にゲスト登壇を依頼することを決めたあと、二村ヒトシさんも呼ぼうよ、と編集者の人に提案をした。エロいことに前向きだし、放談イベントだからイベント慣れしてる人がいた方がよいし、若い人の中に年配の人がいると引き締まるし、なにより、僕が会ってみたかったからだった。
二村さんの『すべてはモテるためである』を読んだのは、大学三年生の頃だった。2015年ころに人文系の読書会なんかに通っていると、二村さんの本はとにかく話題になっていた。本の冒頭に書かれている「なぜモテないかというと、それは、あなたがキモチワルいからでしょう」という鋭利なフレーズや、モテない人はまず自分のキモチワルさを自覚しようという提案は、これまで読んだモテ指南本では見たことがないもので、自意識が過剰で女性とうまくコミュニケーションすることができず、性風俗店でしか性行為をしたことがなかった自分の心に突き刺さった。また、その本の中で、性風俗店での経験もコミュニケーションの学びになる、ということが書かれていることもよかった。世に流布している性産業に対する言説は、性行為というものが商品化されてしまえばそれだけで直ちに人間性が疎外されてしまうという前提で書かれていたり、性産業の世界にこそ普段は抑圧されている人間の本性があるとでも言いたげな大仰なものであったりで、そこで行われているミクロなコミュニケーションについて抑制的に考察している本に出会うことはほとんどなかった。だから、性風俗店を貶めることも過剰に持ち上げることもせず、そこで繰り広げられている性的なことだって女性とのコミュニケーションをする上で学べることがあるのだ、ということが余計な偏見なく書かれている文章に触れるのは新鮮だった。
僕は大学を卒業してから、性風俗店を利用したときのエピソードのエッセイのような文章をはてなブログに趣味で書くようになった。そこで繰り広げられているコミュニケーションは面白いものであり、文章にするほどの価値があるはずだ、という心持ちになれたのは、性風俗店でのコミュニケーションを当たり前のように意味のあるものだと考える、二村ヒトシという人がいることを大学生のときに知ることができたのも大きな理由の一つだった。だから、そのブログが本になった出版イベントに二村さんを呼んで、本の感想を聞いてみたかった。
編集者を経由して二村さんにイベント登壇の依頼をすると、すぐに了承をもらえた。
イベント当日、トランクをころころ転がしながら、真っ赤なコートを着た二村さんがやってきた。
「会ったこともない素人童貞に急にイベントに呼ばれたから、来ました」
控室での挨拶のときから、もうイベントが始まっているかのようなテンションの高さで、二村さんは華がある人なのだと思った。
「二村さん、僕の本を読んだ感想、聞かせてくださいよ」
控室では緊張して聞くことはできなかったから、壇上にあがってお酒を飲んでテンションが上がったところで、二村さんに本の感想を聞いてみた。
「俺、本当はあんまり褒めたくはないんだけど、この本は、男の性の悲哀が書かれている本だな、と思った。勃起をして射精をするという行為は、男が男に成りながらも敢えて萎ませるという、謂わばファルスを手放す行為。風俗はそのためにお金を払うというところに、男の寂しさや切なさが詰まっていて、そのことが書かれているのがこの本のエモさたるところで、君は風俗界の燃え殻だ」
と褒めてくれた。売れっ子作家の燃え殻さんに例えてくれるという、あまりに大仰な褒め言葉だったので嬉しかったけど少し照れもあり、「風俗界の燃え殻って、ザーメンみたいな響きですね」と渾身のボケで返したのだけど、あまりにも僕の声が小さかったからか他の人の声にかき消されてしまい、そのボケは誰にも拾われることなく宙に消えていった。