よみタイ

熱海にかかってきた電話

 二月半ば、乳腺クリニックを受診。
 医師は男性。コンピュータ画面ではなくしっかりこちらの目を見て話をする、中年のイケメンだ。「おっぱい」という微妙な器官を扱う男性医師として、患者応対は完璧で、さぞかしこれまで重要な告知をたくさんされてきたのだろう、とそのあまりにも真摯しんしな態度に感服する。
 問診に触診。何も触れないらしい。
 次、マンモグラフィー。異常のない左側はさほどではないが、右側はガラス板に挟まれるとすさまじく痛い。「頑張ってくださいね」と看護師さんに声をかけられ上下左右から潰される。
 その後、看護師さんが乳房を押したガラス板を拭いているのが目に入った。乳頭からかなりの量の分泌物が出たらしい。
 痛い思いをしたわりには、マンモの結果はシロだった。 
 次のエコーでようやくそれらしきものが発見されるが、1.5センチくらいのかたまりで良性か悪性かは不明。
 さらに今回の主な症状として出た分泌液について、採取して調べる。
 どうやって採取するかって? マンモで潰されて出てきたものは看護師さんが拭いてしまったから、また新たに出し直すわけだ。
 イケメン先生が、謹厳きんげんな表情のまま、やにわに両手で私の右乳房を掴んだ。そして力を込めて絞る。
 痛い、痛いってば……。 あたしゃホルスタインじゃないよっ、て声には出せない。
「頑張ってくださいね」と相変わらず看護師さんの牧歌的な声。
 ようやく絞り出した微量の分泌液をスライドガラスに載せたところで、この日の検査は終了。
 エコーの結果を見ながら先生から「五分五分ですね」という慎重な言葉をもらう。

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新刊紹介

篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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