よみタイ

酒井順子「家族終了」
男女の夫婦に、子ども二人。
かつて日本の「核家族」はそんなイメージだった。
現代は、入籍も結婚もせず、子どももいたりいなかったり、
血縁関係なく同居していたり、同性同士がカップルだったり。
家族とは何だろう――変わりゆく「家族の風景」を考察するエッセイ。

第7回 家庭科

 小学生の時、家庭科の初めての調理実習で作ったものは、杏仁あんにん豆腐だったように思います。とはいえもちろん本格的なものでなく、牛乳を寒天で固めて缶詰の果物を乗せる、といった感じ。友達と一緒に料理をするのは、たいそう楽しかったものです。
 当時、「家庭科」という授業について、私は単なる「KATEIKA」という音の響きでしか捉えていませんでした。が、今になってやっと気づいたのは、それは将来「家庭」を営むために必要なことを学ぶ「科」だった、ということです。
 自分がこの先、生まれ育った家庭を出て、自分で家庭を持つということなど、微塵みじんも考えていなかった私。結婚・出産に対する夢や希望も抱いてはいませんでしたから、家庭科という科目が意図するところは、全く理解していませんでした。家庭科の授業は、幼い頃のままごと遊びの延長線上にある息抜きタイム、程度の感覚だったのです。
 しかし考えてみると、家庭を持った時のことまで子供に教えようとするとは、日本の学校教育は何と手厚いことでしょうか。我が国においては家庭科という授業によって、「家庭は、こうあるべき」という姿を子供達に教えようとしていた、と言うことができるかもしれません。
 かつて日本の中学では、女子が家庭科の授業を受けている時に、男子は技術の授業を受けている時代がありました。女は家の中の仕事をして、男は外の仕事をするものと、学校で教えていたのです。そのようなあからさまな区別というか差別はさすがに「いかがなものか」となったようで、その後中学や高校でも、家庭科は男女必修になりました。
「家庭科は女子のみ」の時代の最後の方に育っていた気はするのですが、女子校だったもので、男女の別には気づかなかった私。しかしそういえば、共学校に通っていた兄は、中学の時、「技術」の時間とやらに、ノコギリやトンカチで、木工作品のようなものを作っていた気が‥‥。
 しかしその後、兄は日曜大工的なことは一切せず、成長していきました。何でも売っている世の中において、木工とか製図といった技術を実際に生活で活かす男子というのは、ほとんどいなかったのではないか。
 一方、女子校で家庭科を学んだ私ですが、やはり家庭科においてもずいぶん無駄なことを学んでいたものよ、と思います。たとえば「あれは中学時代の最大の無駄だったのではないか」と今でもよく覚えているのは、最初の数ヶ月を費やして浴衣を縫ったこと。
 我が校においては、毎年、家庭科で中一がしなくてはならない通過儀礼が「浴衣を縫う」という作業だったのですが、それはいわゆる「和裁」なわけです。厳しいおばあちゃん先生が教えてくれる和裁用語の意味もわからず、私は家庭科の時間が苦痛で仕方ありませんでした。母も和裁など知るはずがありませんから、家に持ち帰って祖母に全て、縫ってもらったものです。
 やっと浴衣が出来上がり、学校で皆で着てみた時はそれなりに楽しかったのですが、しかしその後の人生において、和裁をしよう・したいなどと思ったことは一度もナシ。和裁の必要性を感じたこともナシ。「つらかった」という記憶だけが、今に残ります。
 家庭科では、編み物を学習したこともあったのですが、これもまた私にとっては地獄の時間でした。編み物の学習中、冬休みの宿題は「赤ちゃんの靴下を手編みで仕上げる」というものでした。今考えればそれは、将来の子産み欲求を涵養かんようするという狙いも込められた課題だったのかもしれませんが、あいにく私は、赤ちゃんにも編み物にも、ピクリとも興味を持つことができなかったのです。
 悪いことに、母も祖母もまた、編み物にはまるで興味が無いタイプ。仏様のように優しいご近所さんに丸投げして、編んでもらったものでしたっけ。
 このように、「家庭って、面倒臭いものなのだなぁ」ということだけを私に植え付けた、家庭科の時間。おそらくその頃はまだ、手作り信仰のようなものがあったからこそ、浴衣や赤ちゃんの靴下を作らされたのだと思います。
 その後わかったのは、「今の世で、衣服を手作りする必要性は、全く無い」ということでした。浴衣も靴下も、買った方がずっと安いし見栄えも良い。当時、手編みのセーターなどをボーイフレンドにプレゼントするという行為が流行ってはいましたが、その手の行為をしたがる人達は、学校で習わずとも、モテたいがために自分でどんどん技術を習得していきました。
 さらに言うなら、少し時間が経つと、手編みのセーターをプレゼントされるのは「重い」と思う男子が多くなって、手編みブームは沈静化。「着てはもらえぬセーター」を情念込めて編むのは演歌の世界の話となり、センスのよいセーターを買ってプレゼントする女子の方がモテるようになったのです。
 今の家庭科の授業では、もう浴衣の縫い方のようなことは、教えていないでしょう。とはいえ浴衣で花火大会を見に行くことは流行っていますから、求められているのは、縫うことよりも「バカボンみたいに見えない浴衣の着付け法」ではないか。
 家庭科というのは、戦後の新しい教育制度の中で発生した教科のようです。それ以前は、女子向けに「家事裁縫」という教科があったようですが、戦前の女子達は、学校で習わずとも、家で様々な家事を手伝わされていたことでしょう。
 しかし、強制的な労働としてさせられる家事ではなく、もっと民主的な家庭を営むために、近代的で合理的な家事能力を身につけなくてはならない。‥‥ということで、戦後になって学校教育に取り入れられたのが、家庭科だったのです。
 その頃は、「男は家の外で働いて、女は家の中のことをする」というのが当然の感覚だったのだと思います。国としても、性別役割分担をはっきりさせることによって日本を動かしていきたいということで、家庭科という授業は組み立てられていたはず。
 しかし、時代は変わりました。男は外で女は家という原則は揺らぎ、どちらも外に出るが故に、どちらも家のことをしなくてはならなくなってきたのです。
 家庭科導入当初は、人は大人になったら結婚して子供をつくり、家庭を持つのが当たり前という感覚も、存在していたかとも思います。が、今はそれも、おぼつかなくなってきました。家庭を持つのは当たり前という感覚が強すぎて、どうしたら家庭を持つことができるかを若者達に教えてこなかったせいなのかどうかはわかりませんが、今は結婚しない人もたくさんいます。異性とつがいをつくるばかりでなく、同性と共に暮らす人もいる。‥‥ということで、「家庭」のイメージは一様ではなくなってきました。
 人は皆、異性とつがって結婚する。結婚したら、男が働いて女は家事をする。この感覚を信じていられた時代の人は、
「ま、女は一生、ノコギリの使い方を知らなくても大丈夫でしょう」
 とか、
「男が厨房に入る必要は無し」
 と思うことができました。「技術」と「家庭科」が男女別で分かれていたのは、それ故。
 対して今は、家事も仕事も、分担時代です。運良く、家事の全てを担ってくれる配偶者をめとることができたとしても、人生百年時代ということで、人生の終盤になって配偶者との離別や死別により、一人で暮らす可能性が十分にある。だからこそ今は、男女を問わず、家庭内で発生するあれこれを最低限処理できるようにしておかないと、楽しく健康に生きていくことができないようになったのです。
 そんな今、家庭科という科目の重要性は増しているように私は思います。家庭科の授業は、衣食住に関してまんべんなく教えるカリキュラムになっているようですが、中でも最も大切なのは、おそらく食。ここしばらく、食育の大切さが世間で強調されていますが、まずは食べることの次に、衣とか住がついてくるのではないか。
 浴衣と編み物で、家庭科がすっかり嫌いになった私は、家庭科の成績はいつも悪かったのです。結果、ろくに料理もできずに大人になりましたが、男女交際等を通じて、料理を学んだ気がする。また、とにかく「自分が食べたいものを食べたい」という強い欲求が、私に料理をさせたという部分もありました。
 夫婦仲は良くなかった我が両親でしたが、「食べることが好き」という部分においては一致していたことは、私にとって幸せであったと思います。食卓の空気が殺伐としていた時はままあれど、割とバランスよく、美味しいものを母親が作ってくれていたお陰で、私はそう大きくは曲がらずに(ねじれてはいるが)、大きくなった気がします。殺伐とした空気の家庭の食卓に並ぶ食べ物も殺伐としていたら、子供にとってはかなりつらかったのではないか。
 しかし、私のその感覚は今の時代に通用しないものなのかも、という気もしています。母親が専業主婦で料理好き、かつ三世代同居だったため、我が家の食卓には、色々な世代向けの色々な料理がびっしりと並んでいました。三食そしておやつも手作り、というのが「当たり前」そして「まっとう」と、私は思って育ったのです。
 今でも私は料理をする時、食卓を皿で埋めたくなり、食卓に空間があるのが嫌。‥‥なのですが、しかしそんなことをしていると、とても疲れます。まだ私は居職である上に子供はいないので家事時間に余裕がありますが、子持ちの勤め人であったら身体がもたなかろう、と思う。
 手をかけた、美味しいものは食べたい。しかしそれを日々こなしていると、疲弊していく。仕事・家事・育児を全て満足いくまで突き詰めていたら、女性の負担はどこまでも増えていってしまう‥‥。
 そんなことから「上手に手抜きをしましょう」という声も、今は多いものです。コンビニご飯だってピザのデリバリーだっていいじゃないの、と。いや本当にその通り、と思いつつも、コンビニご飯を親から与えられている子供を見ると、つい「可哀想」などと思ってしまう私がいるのでした。女性ばかりに家事負担がのしかかるのはけしからん、と言う一方で、働くお母さんがコンビニご飯を子供に与えることを「可哀想」と見るのは、明らかに矛盾しています。
 私のこの矛盾した感覚は、やはり世代によるものなのでしょう。親世代は専業主婦が多く、専制的な父親にムッとしつつも、学校から帰ったらお母さんが家にいるのは当たり前、お母さんが手をかけた料理を毎食ずらりと並べてくれるのは当たり前、と思っていた私。
「お母さん、こんなに手をかけた料理をしなくていいから、少し休んでよ」
 などと言う発想も、浮かびませんでした。やはり、「男は技術、女は家庭科」という感覚が、私の中にもあるのです。
 同世代の友人達を見ていると、やはりその「家のことは女が」呪縛にとらわれている人は多いのです。自分も専業主婦となり、
「息子がキャリアウーマンと結婚して家事とか手伝わされるのは可哀想」
 と言う人。
「夫とか子供には、家事に手出しをさせないの。自分のやり方じゃないと、気持ちが悪いから」
 と言う人。そして私のように、専業主婦ではないのに、「コンビニご飯、可哀想」と思ってしまう人‥‥。
 仕事でくたくたのお母さんが、家族のために栄養豊富な料理を毎日作り続けるというのは、明らかに現実的ではありません。日本人が料理をはじめとした家事に求める高いレベルを少し落とす必要もありましょうし、何よりも「家事は皆でするもの」という感覚の共有が必要。そうなった時に、家庭科という科目の重要性がますますクローズアップされるのではないでしょうか。すなわち、お父さんも「腹を満たすため」だけではなく、手軽かつ健康的な料理を作れた方がいい。子供もまた、高校卒業くらいまでには、ジャンクではないフードを自分で調理・調達するすべを身につけるべき、と学ぶために。
 もちろん、必要なのは食に関する知識だけではありますまい。ゴミをどのように分別して、出すか。断捨離の仕方。ルンバの活躍が期待できない、狭くて物の多い家での掃除法。電球の取り替え方。電化製品の配線方法。自分が汚したトイレは自分が掃除するという精神。‥‥等、一人で生きていくことができるようになるためには、知っておくべき「家庭」にまつわる事象はたくさんあります。ゴキブリやオレオレ詐欺の電話への対処法も、必要になってくるかも。
 和裁はもちろんのこと、洋裁であれ手芸であれ、その手のことはもう必要ないと思われます。ボタンつけくらいはできた方がいいでしょうが、今の時代、洋服を自分で作るというのは、趣味の領域。それよりも、洗濯の方法を、干し方や畳み方も含めて具体的に知っておいた方がいい。
 昔の家庭科では、「お母さんが愛情を持って頑張れば、家族全員が豊かな家庭生活を送ることができます」という姿勢がベースにありました。が、今時の家庭科に必要なのは、「一人一人が、人生を最後までサバイブしていくために必要な能力を身につけましょう」という姿勢なのではないでしょうか。家事能力は、身につけておいても決して邪魔にはならないのであり、シニアのための家庭科教室もあっていいのかも。
 妻に先立たれてしまったシニア男性を見ていると、家庭科の必要性をひしひしと感じるものです。今のシニアは「家事は女がするもの」と思って生きることができた世代ですから、家事能力を持つ人は少ない。そしてなぜか、妻に先立たれると思わずに生きていたりもするわけで、予想に反して夫が一人残されると、生活が一気に乱れていくのです。
 色気とか甲斐性に恵まれている人の場合は、新しい彼女を作ったり高級施設に入ったりすることもできましょう。しかし妻に先立たれた普通の男達は、みるみるうちに痩せるか太るかしていくものです。痩せる人は食べることが面倒になるものと思われますし、対して太る人は、栄養のことなど全く考えず、手軽に食べられる炭水化物と油物ばかり摂取しているものと思われる。
 かつては社会的な地位も得ていたおじいさんが、妻に先立たれてジャンクな食生活となって太りゆくのを見ると、「学校の勉強の中で、最後に大切になってくるのは家庭科なのかも」と思うのでした。算数や英語がどれほどできても、生活の基礎的なことができるようになるわけではありません。家庭の姿が変化し続けていく中で、家庭科という教科の可能性はまだまだ広がりましょうし、家庭科の授業を楽しむことによって、家庭に対する夢・希望を持つ若者は増えるのではないかと思うのでした。

※この連載は、集英社学芸編集部ウェブサイトに掲載された「パパ愛してる」「火宅」「心配」「家事」の4章(現在サイト上で読むことはできません)とあわせて、加筆修正の上、2019年前半に単行本化の予定です。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。広告会社勤務を経て執筆専業。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞を受賞。著書に『おばさん未満』『男尊女子』『女子と鉄道』『源氏姉妹』『an・anの噓』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』など、現代世相の分析から古典エッセイまで多数。

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