2022.9.11
一本の炭酸飲料で救われる人生だってあるんだよ。
ドラマ化もされた『死にたい夜にかぎって』で鮮烈デビュー。『クラスメイトの女子、全員好きでした』をふくむ3か月連続エッセイ刊行など、作家としての夢をかなえた著者が、いま思うのは「いい感じのおじさん」になりたいということ。これまでまったくその分野には興味がなかったのに、ひょんなことから健康と美容に目覚め……。
前回は、美容や化粧水のことを考えたとき思い出した、ニキビがつらかった青春時代のエピソードでした。
今回は、「いいおじさん化計画」のためダイエットをスタートしたら、ある別れと出会いがあって……。
(イラスト/山田参助)
第4回 さよなら炭酸飲料
「美容と健康は身体の内側から」という定説に従い、四十二歳にして食生活の改善を決意した。ただ闇雲に日々の食事をいじっても仕方ないので、何かしらの指針を掴むべく、俗に言う「レコーディングダイエット」に手を出してみることに。
三日坊主で終わるのではないかという一抹の不安がよぎったが、これが思いのほかうまくいった。本業の書き仕事が思い通りに進まぬストレスを、レコーディングダイエットで「何かを書いたつもり」になって解消することが心の安定につながるみたいだ。
そんなこんなで二週間ほどレコーディングダイエットを続けた結果、深刻な野菜不足はもとより、1日に3~5リットル近い炭酸飲料を飲んでいるという驚愕の事実が判明。ある程度自覚はしていたものの、明確な数字で示されると、その衝撃たるや筆舌につくしがたいものがある。
糖分の過剰摂取により、120キロ近くまでまん丸と膨れ上がった〝球〟のごとき我が身体。家から徒歩三分のコンビニに行くだけで、汗はダクダク、膝はガクガク、その鼻息の荒さゆえ、友人には「お前と一緒に歩いているとブルドッグと散歩しているみたいだ」とまで言われる始末。
ここらで炭酸飲料と適度な距離を置かねば、生命の危機を迎えるやもしれない。
思い返せば、炭酸飲料との出会いは小学三年生のとき。庭の草抜きを頑張ったご褒美にと、親父が買ってくれたオロナミンCが、シュワシュワとの初遭遇だった。
舌の先から喉の奥までが一気に痺れる〝瞬間スパーク〟な炭酸初体験。驚きの表情を見せる我が子とその様子を優しく見守る両親。子供の炭酸デビューによくあるほほえましい光景だが、うちの場合は少し違っていた。
「ついに毒を飲まされた!」
常日頃、親父から過剰なスパルタ教育を受けていた私は、生まれて初めて炭酸飲料を口にしたとき、そう確信した。
親の期待に応えられぬグズでノロマな息子をとうとう殺すつもりだ。私は口の中に残るオロナミンCを慌てて地面に吐き出す。「毒」だと思えば、このまがまがしいほどに真っ黄色な液体にも合点がいくというものだ。
「そのシュワシュワが癖になるんやで。ほら、もっぺん飲んでみろ」
もはやこれまで。いや、考えようによっては殴られる痛みより毒を飲む苦しみの方が幾分かマシかもしれない。覚悟を決めた私は、親父の差し出したオロナミンCをグイッと飲み干す。人生最初で最後の一気飲みだ。
するとどうだろう。先ほどと違い、口の中で弾けるシュワシュワとした刺激のなんと心地の良いことか。母親がいないこと、家が貧乏なこと、学校でいじめられていること。そんな嫌なこと全てを一瞬だけ忘れさせてくれる炭酸のシュワシュワ。その瞬間、炭酸飲料は私にとっての魔法の飲み物となったのだ。
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