よみタイ

パンダだって泣く。おじさんだって泣く。 

 その日から、あらゆる療法を放棄し、私はあるがままの自分を受け入れることにした。ニキビは確かに辛い。だけど、ニキビでは人は物理的には死なない。余計なことは一切考えず、笹の葉を食べて、日がなダラダラしているパンダのようにのんべんだらりと生きよう。
 そんな諦めにも似た前向きさが功を奏したのか、高校生になる頃には、あれだけひどかったニキビが姿かたちさえ見えなくなった。今思えば「変にいじらず流れに任せる」という自然療法が一番効果的だったのかもしれない。

 あれから時は流れ、私は四十過ぎの汚らしいオッサンになった。肌の衰え、身体に刻まれた老いの証しという現実から目を逸らし、最近では、午前三時の化粧水もサボりがちになっている。
 ああ、こんなにムシャクシャした日はパンダに会いたくて仕方がない。私は日曜日の上野動物園へと足を運ぶ。

 愛くるしいジャイアントパンダを見ながら思う。中学生のときと同じように、あるがままの自分を受け止め、時の過ぎゆくままに年老いていくのも悪くない。
 私の作風的にも、太っちょゴブリンのような容姿をしていた方が、「イメージ通りだ!」とファンも喜ぶに違いない。
 一時の迷いで美容や健康に目覚めたつもりでいたが、所詮私には似合わぬことだったのだ。なあ、パンダよ。お前だってそう思うだろう?
「メェェェェ~~」
 口いっぱいにエサを頬張りながら、羊のような鳴き声を上げるパンダ。
「諦めるんじゃない」と喝を入れられたような気がして、私は少し涙ぐむ。
 ……
 ……
 もうちょっとだけ頑張ってみるか。
 パンダの涙の化粧水を愛用していた男が、パンダに泣かされ、パンダの前で誓う。
「お前ぐらい可愛くなってみせるよ」
 そう、目指すところは高いぐらいがちょうどいい。
 今日から私の目標は〝パンダ〟です。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は9月11日(日)21時配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
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(撮影/江森丈晃)

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