よみタイ

子どもの食事今昔

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 私が二十代後半の勤め人の頃、年末に仕事が立て込み、とても疲れていた。それでも風邪もひけないという話を社内でしたら、
「みかんを食べて栄養ドリンクを飲めば、乗り切れるから大丈夫だよ」
 と教えてもらった。早速、会社の近所の薬局で栄養ドリンクを買おうとしたら、店にいた老齢の女性に、
「お嬢さんはそんなものを飲んではいけません」
 と叱られて、売ってもらえなかった。
 その女性は店で売っている栄養ドリンクを、どうやら男性の性的な強壮剤とごっちゃにしているのではという気がした。しかし薬局はそこだけではないので他の店に行くと、あっさり何事もなく売ってもらえた。十分大人の年齢の私にさえそんな雰囲気だったのに、疲れなど知らないはずの子どもに、専用の栄養ドリンクがあるなんてと調べてみたら、たしかにあった。飲む必要があるのか理解できないが、子どもが、
「疲れた」
 といったら、親が毎日の食事の内容について考え直すこともせず、
「それじゃあ、栄養ドリンクでも飲んだら」
 で済ませているのだろうか。食事の内容が貧しくても、サプリメントを飲んでいれば大丈夫という大人も同じかもしれないが。
 育ち盛りの子どもが、毎朝、ロールパンだけしか食べずに登校しているのは、どう考えてもよろしくない。
「だから親も子も給食命で、昼の一食で欠けている栄養のすべてを摂取しようとしているわけなんですよ」
 給食がおいしく食べられるのはいいけれど、それは基本として家庭での食があっての話で、子どもたちの命綱のようになっているのはどうなのかと首を傾げる。学校が休みになると給食が食べられず、親も栄養バランスを考えずに、ただ簡単でお腹に入ればいいというものしか作らない。たとえば毎日そうめんのみしか出さないので、特に夏休みに体調を崩す子どもが多くなるのかとも思った。
 きちんと栄養を摂らないと体も頭も動かないだろうから、成績も上がらない。親が子どものテストの点数を見て、もっと勉強しろと怒ったとしても、それが親である自分のせいだとは、これっぽっちも思わないのだろう。気候変動の影響もたしかにあるが、運動会の予行練習や本番で体調が悪くなる子どもたちも、毎日きちんと食べるものを食べてないから、そうなるのではないかと心配になる。子どもが口にする食べ物に関しては、親が考えてやらなくてはいけないのに、親自身が食をおろそかにしているからそうなってしまうのだ。
 子どもが学校給食で世の中にはいろいろな食べ物があるのを知り、家でも食べたいと親にいっても、作るのを面倒くさがった親が、学校にその料理を増やせといってきたりもするという。学校を食堂と勘違いしているらしい。彼女の話によると、まあ、納得はできないけれど、「ロールパン、ヨーグルト、果物」の朝食を食べている子どもたちが栄養面でいうといちばんましで、クラスで三名いたそうだ。そして大多数がロールパン、菓子パン、コンビニのおにぎりのいずれかのみ。そしてそれよりも人数は少ないが、朝食なしが複数名だった。「パン、卵料理、野菜、果物、飲み物」あるいは「御飯、おかず、味噌汁」といった食事を食べている子どもは、そのクラスでは皆無だった。子どもにちゃんとした朝食を与えられないほど、親は忙しいのだろうか。
「それって親が責任を持つべき、子どもの健全な育成に反してますよね」
 私がむっとしていたら、
「教員が指導やアドバイスができればいいんだけど、若い先生も同じようなものだから、変だと思わないんですよ」
 と教えてくれた。
 彼女はベテランなので、自分の小学生時代を思い出しながら、なるべく子どもたちが好き嫌いなく給食が食べられるように、健康を害さないようにと、さりげなく注意をするのだけれど、まず若い先生自身の食事の内容が貧しい。アレルギー等は別だが、基本的に嫌いなものは食べなくてよいというスタンスなので、子どもが偏食がひどくて給食を残しても、それに対して関心を持たず、当たり前と思っているふしがあるというのだ。
「先生自身が朝食を抜いたり、菓子パン一個だけ食べて職場に来ていたら、子どもが同じことをしていても問題があるなんて思わないでしょう。それに自分も栄養バランスなんか考えないで、食べたいものだけを食べてきたから、『もしかしたらおいしいかもしれないよ。ちょっとだけ食べてみたら』とアドバイスもしない。ただ給食の時間内に食べ終わればいいっていう考えなんです」
 彼女はため息をついていた。
 給食は食の教育という部分が大きいはずなのだが、家庭での食事の内容が貧しいので、唯一の栄養補給の場になってしまった。そのうえ一年生に完食してもらうのは困難となったら、それから先、どうなるのだろう。担任の先生の考え方にもよるだろうが、最低限の基本的な食事に興味がない先生に受け持たれたら子どもたちがかわいそうだ。そして同じような親のもとに生まれた子どもたちも。しかし子どもたちのなかには、インターネットなどで情報を得て、まわりの大人を反面教師として、これではいけないと考えはじめる子たちが出てくるかもしれない。成長して自分で食生活について考えられる子どもたちが増えてくれればいいと期待するしかないのだ。

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次回は2月12日(水)公開予定です。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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