よみタイ

子どもの食事今昔

『かもめ食堂』のおにぎり、『パンとスープとネコ日和』の様々なスープ。
群ようこさんが小説の中で描く食べ物は、文面から美味しさが伝わってきます。
調理師の母のもとに育ち、今も健康的な食生活を心がける群さんの、幼少期から現在に至るまでの「食」をめぐるエッセイです。

イラスト/佐々木一澄

ちゃぶ台ぐるぐる 第13回 子どもの食事今昔

イラストレーション:佐々木一澄
イラストレーション:佐々木一澄

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 子どもたちの家での食事が乱れているという話は、ずいぶん前からいわれているが、周囲に子どもがいない私は、
「それはよくないなあ」
 と思いつつも、あまり実感がわかなかった。その家それぞれのやり方、事情があるので、それを一律に、
「あなたたちは、いかん!」
 というのも気が引ける。話はふんふんと聞いていたが、最近は子どもの体調に影響しはじめているという話を聞いて、それはまずいのではと思うようになった。
 先日、小学校の先生をしているベテランの女性に聞いた話によると、貧血で倒れる子どもが多くなったという。最初は複数の子どもが倒れるのを、偶然かと考えていたのだが、それがたびたびとなると、さすがに少し変なのではと考えるようになった。そこで、どんな朝御飯を食べてきたかと小学校三年生の生徒たちに聞いてみたら、想像以上に多くの子どもが何も食べないで登校していたというのである。
「朝御飯を食べてないということは、給食までお腹に何も入っていないっていうことですよね」
 びっくりして私が聞くと、彼女は、
「そうなんですよ。だからみんな給食はとてもよく食べてくれるの。といっても好きなものだけ」
 と苦笑していた。入学して間もない一年生は、給食を完食できる子は少ないという。家では食べたことがない食べ物が出てくるので、それをいやがるのだそうだ。
 今から六十数年前の私の記憶だが、給食には、家で食べていたものとさほど変わらないものと、ふだんは家で食べない珍しいものが出されていた気がする。鯨の竜田揚げは家では出たことがない。今は米飯給食もあるので、より家の食事に近くなったのではと思ったのだが、実際はそうではないらしい。煮物、え物、青菜は特に避けられる。つまりそういったものを家で食べていないので、手を出さないというのだ。
 多くの子どもは未知の食べ物でも、試しに食べてみたいという好奇心があるのではと思っていたが、実際は見たことも食べたこともないものは、いやがって口にしない。担任の先生や補助教員が、
「食べてみたらおいしいかもしれないよ」
 と、ひと口食べるように勧めると、おそるおそる食べる子もいれば、頑として食べない子もいる。そんなことを繰り返しながら、多くの子はだんだん食べられるようになっていく。しかしそれは家庭でやるべきことであって、学校がやるべきことではないような気がするのだが、現実はそうなっている。貧富は関係なく、家での食事の内容が貧しい子どもが多いのだそうだ。
 彼女が生徒たちに、朝御飯に何を食べているかと聞いたところ、いちばん多かったのがパンだった。
「パンのおかずは何でしたか」
 と聞いたらほとんどの子が首を横に振った。「えっ、どうしたの?」
 と驚いていると、
「パンだけ」
 と口々にいった。
「パンだけって、他に何も食べてないの?」
 と聞いたら、子どもたちは大きくうなずいたのだそうだ。
 そのクラスだけの話だから、子どもたちがみながそうだというわけではないが、彼女のクラス内での聞き取りの結果、いちばん多かったのはパンのみだった。彼女がパンはトーストだと思い、
「パンに何をつけましたか」
 と聞いても子どもたちは、
「何もつけない」
 という。子どもたちが毎朝食べているのは、袋から出してそのまま食べられる、ロールパンや菓子パンなのだった。
 そうか、焼くこともしないのかと驚きながら、生徒たちの話を聞いていくと、家には食パンではなく、いつも袋入りのロールパン、菓子パンが常備してあって、学校に行く前にそれらの袋のなかから好きなパンを選んで食べるという。親は子どもの前に起きて食事を用意するという習慣はないらしい。家族揃って朝食をとるわけではなく、好みが違うからと、小学生の子どもも含めて、冷蔵庫からそれぞれが自分の好きな物を出して食べ、家から出ていくのだそうだ。
「子どもが高校生や大学生ならまだわかるけど、小学生でそれってちょっとまずいんじゃないかしら」
 そう私はいったが、最近の家庭の多くは家族が全員揃って食卓を囲むということはほとんどないようだ。朝はそれぞれ勝手に好きなものを食べて出ていき、子どもは学校から帰ると、コンビニおにぎりかパンを片手に塾に行く。なかには子ども用の栄養ドリンクを飲んで出かける子もいる。

イラスト:佐々木一澄
イラスト:佐々木一澄

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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