よみタイ

御飯の量を増やす

『かもめ食堂』のおにぎり、『パンとスープとネコ日和』の様々なスープ。
群ようこさんが小説の中で描く食べ物は、文面から美味しさが伝わってきます。
調理師の母のもとに育ち、今も健康的な食生活を心がける群さんの、幼少期から現在に至るまでの「食」をめぐるエッセイです。

イラスト/佐々木一澄

ちゃぶ台ぐるぐる 第9回 御飯の量を増やす

イラストレーション:佐々木一澄
イラストレーション:佐々木一澄

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 前回、週刊誌上の企画で、私の食事日記をチェックしてくださった管理栄養士の先生から、炭水化物が少ないという指摘を受け、そのときは放置していたのだけれど、歳を重ねてそのときよりも体の衰えを感じているので、その指摘を思い出して、食べる御飯の量を少し増やしてみようと考えていると書いた。
 そんなとき家にある雑誌を処分しようと、ぱらぱらとめくりながら見ていたら、年齢別の一日に摂ったほうがよい食材の量が書いてあった。卵、肉など細かに数字が並んでいたのだが、そのなかで六十五歳から七十四歳までの枠だと、穀物は男性三百十グラム、女性は百九十グラムとあった。この穀物という表記=米なのかはわからないのだが、たとえば御飯の量に換算すると、女性が一日に三食食べる場合、一食あたり六十グラムちょっとになる。前回紹介した、推奨されている量よりも少ない。
 男性のほうも一食、百グラムとちょっとしかない。もしかしてこれは、炊く前の米の量かと思ったのだが、そうなると、米一合は百五十グラムなので、この年齢枠の女性は、一合以上の量が推奨されていることになる。また男性の場合は三百十グラムなので、二合以上を一日で食べるのがよいとされている計算になる。
 どう考えてもこれでは多すぎるのではと、やはり御飯等の穀物の分量だろうと判断した。いったいどちらが正しいのかわからない。自分のお腹と相談するのがいいのだろうが、とりあえず私は、管理栄養士さんからチェックを受けた糖質は、おやつではなく御飯の量を増やすことを目標にした。
 私の手元にYouTube「Earthおばあちゃんねる」で人気の、さんの『88歳ひとり暮らしの元気をつくる台所』(すばる舎)という本がある。先輩方はどのように自炊をなさっているのだろうかと、興味津々だったのだが、一日に召し上がっている量を見ると、想像していたよりも少なく感じた。
 朝食はスムージーにゆで卵とりんご、また晩酌をするので、夜は簡単なもので済ませ、料理をするのは昼食のみだそうだ。私は酒が飲めないため、お酒を飲む人のお酒とつまみの分量がどれだけあるのか、わからないのだけれど、主食の量は飲む、飲まないの違いも影響しそうだ。人それぞれ食べる量もこうも違うし、私よりも二十歳年長の方なので、そのくらいの年齢の方にふさわしい量なのかもしれない。
 私の祖母たちを考えてみると、当然、スムージーなどなかった時代で、二人ともお酒は飲んでいなかった。うちに遊びに来て、何日か泊まったときに一緒に食事をしたけれど、小食だった記憶はない。どちらかというとよく食べていたような気がする。当時、二人とも八十歳を超えていたが、出されたものは完食していた。特に私の母方には代々伝わる、
「ちゃんとしたものを食べていれば、死んだときも顔色がいい」
 という、わけのわからない家訓があり、それが影響していた可能性もある。私も子どもの頃から、ずっとそれをいわれ続けてきた。
 この本はいろいろと参考になることが多かったのだが、いちばん興味深かったのは、巻末の在宅栄養専門管理栄養士さんとの対談だった。さすがプロは、スムージーに入れている、ごまの量が多いのではと細かくチェックをしていた。毎日のことなので、積もり積もれば脂質オーバーになる可能性が高い。そのような、食べる側はさほど注意を払わないところにまで、目を向けるのが栄養士さんのお仕事なのだろう。
 読んでいて、思わず前のめりになったのは、毎日の食事メモを見た栄養士さんが、多良さんが晩酌をするせいか、夜に炭水化物を摂らないのを見て、
「寝ているとき、悪夢を見たりしませんか」
 と聞いていたことだった。多良さんも夢は毎日見るけれど、嫌な感じが残るものがある、と答えていた。実は私も、夢を見て、忘れているものは多々あるのだが、ここ何年かは悪夢とまではいえないが、感じの悪い夢を見続けていた。目覚めたときに、すっきりという感じではなく、気分が落ち気味になっていた。それによって寝るのがいやだとか、怖いとかいう大きな問題ではまったくないのだけれど、早朝から明るい気持ちにはなりにくかった。
 夢の内容は、アルバイトに行って店の先輩にねちねちといじめられたり、見知らぬ女性から一方的に理不尽に怒られたり、身内のめ事が再燃したり、いつまで経っても目的地にたどりつけずに、街のなかをぐるぐるとさまよい歩いたりと、そんな感じのものばかりだった。日中、いやな出来事があったわけでもなかった。この状態については、深く考えていなかったのであるが、対談のこのくだりを目にして、
「えっ、それが理由だったの?」
 とびっくりしたのである。
 在宅栄養専門管理栄養士さんによると、専門医の話だと、睡眠中に低血糖になる「夜間低血糖」というものがあって、夕食に糖質をとっていないと夜間の血糖値が下がり、寝ているときに悪い夢を見やすくなったり、寝汗をかいたりするようだというのである。
 それをふまえて、夕食に軽く糖質を摂ったほうがよいとアドバイスをしていた。御飯、うどんだけではなく、糖質が多いいも類やかぼちゃなどの野菜でもよいという。この話にはここ何年かでいちばんびっくりした。私のいやな感じの夢の理由がここにあったのか、である。週刊誌上で指摘されたときは、特に悪夢を見ていた記憶はないが、ここ何年かにそういう傾向が出てきたので、加齢とも関係があるのかもしれない。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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