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行列に並べる人

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 そんなとき、隣の住宅に引っ越してこられた家族が、ご挨拶にみえた。家が建っているのは、もともとはうちの大家さんの大きな敷地の一部だったところで、大家さんはその道路沿いの土地は売り、少し奥まった場所に、私がお借りしている住宅を建てた。うちは賃貸なので、ご挨拶をしてくださる必要などないのに、ご丁寧にご夫婦、お子さんとワンちゃんも含めて、家族全員でいらしてくださった。
 そのときに持ってきてくださったのが、珍しいお菓子だった。
「わざわざ恐れ入ります」
 と恐縮しつつご挨拶をしたのだが、手に入りにくいものは、自分のためにわざわざ手間も時間もかけてくれたということが加味されて、いただくほうの恐縮度がさらに高まる。小さいお子さんがいらっしゃるのに、これを購入するのも大変だったのではと気になったし、他の方が代理で買いにいったとしても申し訳ない気持ちになった。
 開店三分後にはすでに目指す店舗の前の行列に並んでいる人々のなかには、お遣い物にする人も多いのだろう。今はテレビはもちろん、SNSですぐに人気が盛り上がって購入希望者が殺到するから、小規模で経営しているところは、すぐに商品が品薄になる。そうなるとますます購入希望者が増えるという無限ループに陥る。ミュージシャンのライブなどで、チケット発売開始三分でソールドアウトという話を耳にするけれど、最近はお菓子やパンなどの嗜好品にもそういう傾向が出てきた。入手し難いからこそ、行列に並んでも欲しいという気持ちがつのっていくのだ。
 街なかを歩いていて、人が並んでいるので目をやると、そのほとんどがラーメン店の行列だ。天気のいい日ならともかく、極寒の日、雨の日にコートを着て、肩を縮めて並んでいる人たちを見ると、
(風邪をひかないかなあ)
 と心配になってくる。でも並んでいる人たちにとっては、それだからより熱くておいしいラーメンになるのだろう。昼食時に会社員の人たちが飲食店に並ぶのは、当たり前の風景で何とも感じないのだが、それ以外の飲食関係の行列に関しては、いつも、
「なぜ?」
 と首をかしげてしまう。
 それは私が行列に並ぶのが大嫌いだからである。それが何であっても、並んで順番を待てる人は尊敬する。私は食べ物にもあまり執着はないし、まずいものは食べたくはないが、普通においしければよい。同じものを続けて食べても特に不満はないし、毎日、テレビやSNSで目にする食べ物はたくさんあるが、
「へええ、そうなのか」
 と思うだけである。行列に並ぶのが大嫌いなうえに出不精ときているので、そうなったら行列に並んでおいしいものを食べる機会は皆無になる。
 世の中には行列に並べる人とそうではない人がいる。二、三人待ちだったら、我慢して待っているけれど、あれだけの人数の行列に並ぶとなったら、食べなくてもいい。今後、並ばなくても買えるような状態にならない限り、大人気のお菓子を、食べることができなくなるが、私はそれでもいいですと思ったのだった。

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次回は6月12日(水)公開予定です。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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