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病院でアートフェスティバル!? 精神科医療のイメージを変える取り組みとは@茨城県袋田病院【後編】

手話通訳や音声サポートなどのアクセシビリティ(情報保障)をはじめ、誰もがミュージアムを楽しめる取り組みを総称してアクセス・プログラムといいます。
これらには、視覚・聴覚障害のある人とない人がともに楽しむ鑑賞会や、認知症のある高齢者のための鑑賞プログラムなど、さまざまな形があります。
また、現在はアーティストがケアにまつわる社会課題にコミットするアートプロジェクトも増えつつあります。

アートとケアはどんな協働ができるか、アートは人々に何をもたらすのか。
あるいはケアの中で生まれるクリエイティビティについて――
高齢の母を自宅で介護する筆者が、多様なプロジェクトの取材や関係者インタビューを通してケアとアートの可能性を考えます。

前編は茨城県の精神科、袋田病院の取り組みについて紹介しました。後編では2025年11月16日にこの病院で行われた「袋田病院Artfesta2025」をレポートします。

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診察でもないのに病院にたくさんの人が集まっている景色を見ることはそうそうない。
2025年11月16日、袋田病院(茨城県久慈郡大子町)を会場として、患者や利用者、職員、アーティストなどみんなが表現者となり作品展示やライブなどを行う「袋田病院artfesta2025」(以下、アートフェスタ)が開催された。

地域でもおなじみの「アートフェスタ」は、「精神科医療の歴史を振り返り、明日の生き方を問いかける 私たちの1日」をテーマとして2013年から開かれ、コロナ禍での休止を挟んで10回目(2021年は非公開で開催)となる。今年のテーマは「想像と深呼吸」。多数の作品の中から「生き方」という視点で印象に残った作品をいくつか紹介したい。

「袋田病院artfesta2025」より、アトリエ・ホロス「想像と深呼吸」展示風景 撮影/筆者
「袋田病院artfesta2025」より、アトリエ・ホロス「想像と深呼吸」展示風景 撮影/筆者
和太鼓、雅楽、DJなど多彩なライブが行われた森のステージ  撮影/筆者
和太鼓、雅楽、DJなど多彩なライブが行われた森のステージ  撮影/筆者

アートフェスタの仕掛け人、現代美術家・上原耕生さん

袋田病院の造形活動は、2001年、現理事長の的場政樹さんが、精神科病院で「癒しとしての自己表現」として造形活動を行っていた安彦講平あびここうへいさんを講師に迎えたことから始まる。
その後「デイケアホロス」(通称アトリエ・ホロス)が開所し、2011年には現代美術家・上原耕生こうおさんがスタッフに参加。

2013年に的場さんから「昔の夏祭りのように、病院全体でアートイベントをしたい。そのディレクターをしてもらいたい」と依頼された上原さん。
「閉鎖的なイメージの病院を地域や利用者の家族に開き、職員も制作し、みんなが共に作っていくアートフェスタにしたい」と的場さんや職員へ提案し、同年から「袋田病院アートフェスタ」が開催されている。病棟や外来の待合室・診察室などを展示空間とし、精神科医療について様々な人々と語り合う文化的なプラットフォームにもなる。
その上原さん自身も、出身地・沖縄の歴史を表す風景をモチーフとして、トタン板を腐食させて描出するシリーズをはじめ、多くの新作を発表していた。

なかでも2011年に「殺風景な霊安室を君の作品にアレンジしてくれ」と的場院長から依頼され、試行錯誤の末2023年に完成させた霊安室「すべてのひとつ」に息を呑んだ。元タイル職人だった利用者さんと瀬戸物やタイルを砕いて壁に貼り合わせていった、光を感じる祈りの空間だ。

上原耕生 霊安室「すべてのひとつ」 撮影/筆者
上原耕生 霊安室「すべてのひとつ」 撮影/筆者

患者・入所者の日々の造形活動を発信する

また、診察室・検診室など4つの病室をホワイトキューブ(白い壁の展示空間)として4人の個展が行われていた。入院・外来問わず、袋田病院の利用者の中から、作品の評価ではなく、治療・ライフステージにおいて次のステップにつながりそうな機運にある4人が毎回選出されている。
今回は絵画と言葉のインスタレーション、意味に縛られない色と形の抽象画、ボールペンによる細密画、愛車や生き物や風景の写真。四人四様の個展が繰り広げられていた。

妃菜 「ありあまる言葉。その一葉。」 撮影/筆者
妃菜 「ありあまる言葉。その一葉。」 撮影/筆者
トシキ 「意味をめぐる旅の現在地として」 撮影/筆者
トシキ 「意味をめぐる旅の現在地として」 撮影/筆者
369「gift」 撮影/筆者
369「gift」 撮影/筆者
Koto photo「いのちの詩」撮影/筆者
Koto photo「いのちの詩」撮影/筆者

「アートは、常識的にはハンデになる『双極性障害』を『ギフト』に転換してくれた」という人。「生まれつき目が悪いけれど、カメラを通してくっきりと世界が見えることを知り、世界の美しさに気づいた」という人。数日前には会場に立つことを考えて不安になった人もいたと聞いたが、当日は作品を介して来場者と話す姿、訪れた家族に作品を説明する姿が見られた。発表する機会を持つことの豊かさを改めて感じた。

一方、絵を描く/描かないにかかわらず参加できる作品もあった。看護課で考案した「影の記憶」もその一つだ。入院患者一人ひとりが好きなポーズをとり、その影をかたどり、4、5人で塗り重ねた色や模様で彩られた作品群。

看護課「影の記憶」 撮影/筆者
看護課「影の記憶」 撮影/筆者

画面の中にはその人のキャラクターが思い浮かぶ言葉も書かれている。揺れるカラフルな「人影」は、穏やかな日、気持ちが沈む日、その人がそこにいたという存在の証でもある。これらの作品には「看護の仕事は、誰かの時間をそっと見守り、寄り添い、その人の生きる力を信じること」という職員の思いも重なっている。

アーティスト・イン・レジデンスが外からもたらす風

また、今年のアーティスト・イン・レジデンスの成果も発表されている。
オランダから滞在中のエリック・ファン・リースハウトさんは、ヴェネチア・ビエンナーレなどの国際展でも活躍する著名な作家だ。通常は社会問題などをテーマにした映像作品を制作しているが、今回は患者さんたちのポートレイトを木炭でたくさん描いた。
ウォーミングアップとして患者さんたちが描いたエリックさんのポートレイトや、人物画や昆虫などの絵、書などを組み合わせて展示。アートフェスタではギャラリーツアーが行われ、2、30人が一緒に歩きながらエリックさんの熱いトークに耳を傾けた。

エリック・ファン・リースハウトさん(写真左)のギャラリートーク。担当職員も患者さんたちの変化を語る 撮影/筆者
エリック・ファン・リースハウトさん(写真左)のギャラリートーク。担当職員も患者さんたちの変化を語る 撮影/筆者

患者さんたちが描いた絵を差して「これは線がいい」「これも才能がある」など率直に賞賛し、「互いに言葉は通じなくても絵で通じ合える」と語るエリックさん。「最初は小さなマルでリンゴを描いていた人が、大きな紙に自信を持って描くようになっていったんだ」と嬉しそうに語る。
途中、エリックさんに描かれた二人が、鑑賞していたみんなの前に現れると温かい空気が流れた。木炭の線が人々に力を分け与えているようで、描いた人も描かれた人もみんなアーティストになっていた。

エリック・ファン・リースハウト「ペーパーレジデンス」展示風景 撮影/筆者
エリック・ファン・リースハウト「ペーパーレジデンス」展示風景 撮影/筆者

また、レジデンス中のもう一人、前編でも紹介したあべさやかさんは、小高い丘のテラスで、藍色に染めた布で蚊帳のような空間を作り、藍茶のお茶会を行った。多くの人がこの場所を訪れ、あべさん自らふるまうお茶をゆっくりといただき、穏やかに語り合った。

あべさやか 藍茶と藍のインスタレーション「Traveling Tea House」 撮影/Komatsuzaki Takeshi
あべさやか 藍茶と藍のインスタレーション「Traveling Tea House」 撮影/Komatsuzaki Takeshi

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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