2025.11.12
閉鎖的なイメージが強かった精神科病院を、アートを通じて開かれたものにする。@茨城県袋田病院【前編】
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4年目の滞在制作。風に揺れる藍布の空間で食しながら語らう
今夏のあべさんの滞在は8月20日〜27日。春から「ここあ農園」で育てた藍から染料を作り、農園チームの患者5人とスタッフ2人で藍染めワークショップを行った。その布に刷る印も制作。みんなで染めた作品の中に「そこにあなたがいた」という目印になるように、名前や住んでいる場所、好きな言葉を形に置き換えて表した。その布をアートフェスタで展示する予行演習として、中庭の丘にあるテラスに吊り下げた。
外で染めるのは初めてで、ジューサーが動かないなどのハプニングもあったが、染める場所、印を刷る場所、下げる場所と、自然と分担しながら進んでいった。初参加の人も、慣れた人にリードされ、にぎやかに一緒に作ることができたという。参加したメンバーの一人は「自然の中で作ったので、風を感じて藍の布も生きものだなと思った」と笑顔で話していた。


筆者が訪れたのはあべさんの滞在の最終日だった。藍染めをした農業チームの一人が蕎麦を茹でてくれて、藍の布の下、参加者とあべさんの昼食会に入れていただいた。農園で育てたというジャガイモとナスの味噌汁も美味しかった。昼食後、忙しい合間を縫って渡邉さんがテラスにやってきて、三線を弾いてくれるというサプライズも。波のように揺れる布の下、みんなで「涙そうそう」を歌った。



「藍染に参加していない人たちもテラスにやってきて、椅子に座って、涼しいね、きれいだねって、ただ布を眺めているだけでも落ち着きを見せていました。‟静”の空間って、あまり病院にはないけど大事だよねっていう話をあべさんとしました」と渡邉さんはその日のことを振り返る。筆者は到着したとき、揺れる布の下でギターを弾く人を目にした。風景と一体化してとても心地良さそうだった。あべさんは、今後は院外の様々な場所でも「Traveling Tea House」を継続していきたいと語る。
今回の滞在を振り返って「1年空いてもみなさんが覚えていてくれて、また来たねと迎えてくれる。動きやすくなったのは4年目の大きな変化ですね。私が作品を作りに来ているというより、一緒に作っているという気持ちが先行しています」と笑顔を見せた。
そんなあべさんの活動をサポートする渡邉さんも「精神科では10年が1つキーワードだなって思っています。患者さんと関わっていく中でその人の本質などをつかむのにも10年に大きな意味がある」と語る。「きっとあべさんは最初の滞在の中で、病院の時間をちゃんとキャッチしてくれたのだなと。年齢も重ねますし生活も変わるし世の中も10年たったら変わっているかもしれない。10年後に何が見えてくるのかワクワクしています」。
アートがもたらす“揺らぎ”から日々の活動を見つめ直す
アーティスト・イン・レジデンスは袋田病院にどんな効果をもたらしているのだろうか。アーティストが院内でできることには制限もあり、要望を聞いて各部署の調整を行う必要も出てくる。あべさんの場合は「ここあ農園」での藍の栽培がそれに当たる。渡邉さんによると「ここあ農園」のメンバーは当初「仕事をするための技能習得をしているのにアートって?」という疑問も持っていたという。しかし、渡邉さんは「アートが与える“揺らぎ”が大事だと思っている」と語る。「人生は仕事だけで埋まらない。自分の生き方や趣味や楽しみを見つけないと仕事は続けられない。アートをやることが本当に仕事とかけ離れているだろうかなど、みんなが日々の営みについて共に話し合い、考えていく経過を見守っていました」。
こうした揺らぎは、医療スタッフにも起こる。「患者さんの状態が悪くならないかといった安全管理の観点から医療スタッフが抵抗を示すことがあります。しかし、思いのほかアーティストが医療では引き出せない患者さんの一部を引き出した時に興味を示し、関心を寄せてくれる職員が少しずつ増えているとも感じます。今まで当たり前にやっていたことを、それでいいのかと振り返る機会にもなるんですね」と渡邉さん。
今では、利用者の中にはこんな声もある。「病気になったことは悲しいけれど、袋田病院に来てアートを介して出会えた人がいた。だから、病気の中にも幸福が含まれているのかもしれないと思えた」と。

アートフェスタは「精神医療の歴史を振り返り、明日の生き方を問う私たちの1日」をテーマに、精神科医療・福祉が抱える矛盾や困難、社会への提言、個人の思いなどをアートを通じて共に考える場である。今年のテーマは「想像と深呼吸」。想像はアートや医療、人との関係性においても大切だ。袋田病院では森林セラピーやヨガなども行っていて、深呼吸を大事にしている。「アートフェスタでほっと一息ついてまた頑張ろうって思っていただけたら嬉しい」と渡邉さん。筆者自身、アトリエ・ホロスの作品を見ながら病院全体を巡るうちに、ここではアートは特別なものではなく、息をするようにアートがあるなと感じた。
ぜひ「アートフェスタ2025」に足を運んでほしい。
後編(11月28日公開予定)に続く
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