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目の見えない人、見えにくい人、見える人がともに美術作品を楽しむ場をつくる@江戸東京たてもの園【前編】

手話通訳や音声サポートなどのアクセシビリティ(情報保障)をはじめ、誰もがミュージアムを楽しめる取り組みを総称してアクセス・プログラムといいます。
これらには、視覚・聴覚障害のある人とない人がともに楽しむ鑑賞会や、認知症のある高齢者のための鑑賞プログラムなど、さまざまな形があります。
また、現在はアーティストがケアにまつわる社会課題にコミットするアートプロジェクトも増えつつあります。

アートとケアはどんな協働ができるか、アートは人々に何をもたらすのか。
あるいはケアの中で生まれるクリエイティビティについて――
高齢の母を自宅で介護する筆者が、多様なプロジェクトの取材や関係者インタビューを通してケアとアートの可能性を考えます。

前回前々回は、能登半島の珠洲市で、手芸を通して失われた地域のコミュニティを取り戻す活動について紹介しました。
今回は、任意団体の「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」が江戸東京たてもの園で行った取り組みを取材。美術館で展示されている絵画や彫刻とは違い、広い敷地に点在する建築を、視覚障害者とともにどう鑑賞するのか。
ワークショップに参加しながら、主催者側の試行錯誤、参加側の受け止め方について触れ、鑑賞すること、ケアの在り方について思索します。

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「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」と「きくたびプロジェクト」

全盲や弱視といった視覚に障害のある人と晴眼者が、障害の有無にかかわらず、「言葉」を使ってともに美術作品を楽しむワークショップがある。任意団体「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」が行っている鑑賞プログラムだ。

代表の林建太さんが「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」を立ち上げたのは2012年。以降、13年にわたり、東京都写真美術館や横浜美術館をはじめ多くの美術館・博物館などで行ってきた。見える人が見えない人に作品について教えるような一方的な関係性ではなく、作品を同時に見てそれぞれに思うことを語り合う。自分の見方が揺れ動くような、影響し合う関係性が生まれるのも面白いところだ。

さらに林さんは、俳優の大石将弘さん(劇団「ままごと」「ナイロン100℃」所属)と組み、「きくたびプロジェクト」という試みも行っている。2018年に横浜美術館のコレクション展でスタートし、演劇の力を借りてちょっと変わった「音声」をつくるという鑑賞プログラムをさまざまな場所で続けている。さらに今年は『風景と空想から「聴く演劇」をつくるワークショップ』を開発し、新宿御苑などで実施した。目の見えない人、見えにくい人、見える人が一緒におしゃべりしながら、その場所を散策し、そこで見つけたものや聞こえた音などから想像を広げて音声作品を作り、できた音声作品をその場所を見ながら聞くという内容だ。

9月14日に行われた『たてもの園の風景と空想から「聴く演劇」をつくるワークショップ』(前川國男邸)撮影:筆者
9月14日に行われた『たてもの園の風景と空想から「聴く演劇」をつくるワークショップ』(前川國男邸)撮影:筆者

9月14日、その5回目となる『たてもの園の風景と空想から「聴く演劇」をつくるワークショップ』が開催された。会場となった「江戸東京たてもの園」(小金井市)は都立小金井公園の中にある。
江戸東京博物館の分館として、約7ヘクタールの敷地に、都内に現存した江戸時代前期から昭和中期までの文化価値の高い歴史的な建造物を移築し、復元・保存・展示している野外博物館だ。建物内部には生活民俗資料などを展示し、それぞれの時代の生活や商いの様子も再現されている。

今回のワークショップは、その中からいくつか建物を選んで行われる。風景から「聴く演劇」をつくるとは、どういうことだろうか。ガイドツアーとは一味も二味も異なる様子をレポートしたい。

その場所の風景から「聴く演劇」をつくるワークショップ

江戸東京たてもの園のビジターセンターにあるホールに着くと、20名近い参加者が円になって座っていた。音声作品のデモンストレーション(サンプル)などを聞いた後、3グループに分かれる。Aチームは大石さん、Bチームは俳優の山本雅幸さん(青年団)、Cチームは林建太さんを中心とする。筆者はCチームに同行した。

今回のワークショップは「散策」「創作」「上演」の3つのパートからなる。「散策」では、Aチームは江戸中期の農家「綱島家」と実業家・西川伊左衛門の「西川家別邸」、Bチームは商家・銭湯・居酒屋などが並ぶ「下町中通り」、Cチームは日本近代建築のパイオニア・前川國男が設計した自邸「前川國男邸」と、日本のモダニズム運動を牽引した建築家・堀口捨己が依頼されて設計した「小出邸」を巡ることになった。
出発前に林さんから「色、形、大きさといった“見えること”、印象、思い出したことなどの“見えないこと”、木漏れ日などの光や風の動き、音など“今起きていること”を言葉にしてみてください」というアドバイスがあった。

Cチームは「前川國男邸」も見学したが、今回の音声作品の舞台となった「小出邸」からレポートを始めたい。メンバー同士で、気づいたことなどをワイワイ話しながら見ていく。玄関側から外観を見ると「まるで洋館だね」という声が挙がった。

1階の応接間にはピアノがある。「壁が銀色に塗られている」「薄暗くて、ちょっと不思議な雰囲気」。一方1階の他の部屋と2階は和室で、「やっぱり畳はいいね」とリラックスする。2階の和室で床の間を発見。障子の向こうは縁側なのか、細長い廊下が続いている。室内にはもちろん冷房はなく、座って話しているだけで暑くなってきた。

(写真上・下)堀口捨己「小出邸」を散策 撮影:筆者
(写真上・下)堀口捨己「小出邸」を散策 撮影:筆者

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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