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演劇というフィクションにケアに携わる人たちの肉声を入れる。演出とリアルの境界線を曖昧にすることで伝えられること@サテライト・コール・シアター【後編】

ドキュメンタリーとフィクションの間で

「昨今のドキュメンタリーは、社会の中で見えないものに焦点を当てるよりも、すでに社会で輝いている人の背景を撮るものが多いと感じています」と竹中さんは指摘する。
確かに、成功談にヒントを得たい受け手が多いのだろう。竹中さんが関心を向けるのは前者であり、今回も当たり前のこととして聞こうとされないホーム・ケアリストの声に焦点を当てている。
そのような個人の逸話にアプローチした後、ドキュメンタリーとしてストレートに発信するのではなく、フィクションを融合した物語として人々に届けるのはなぜだろうか。

「演劇には、目の前のイリュージョンに没頭し現実を忘れさせてくれるような作品と、現実に水を差してそんな社会でいいの? と問うてくるような作品と大きく2種類あると思います。私は後者に興味があるんです」

古代ギリシャのディオニソス祭では、普段は言えなかった感情や思想を演劇にして公に表していたという。それが演劇の起源とされているそうだ。「政治や社会に直接声を届けられないとしても、台詞というフィクションを介すからこそ、本当のことが言えてしまうこともあるんじゃないかと思うんです」。

さらに今回の「サテライト・コール・シアター」では、ホーム・ケアリストをはじめ参加者を守るために、フィクションの要素を利用している。「ここは劇場であり、劇場で聞く限りはどこまでが本当で、どこまでが脚色されたものか、鑑賞者には判断ができません。例えば、話し言葉ではなく、表彰状を誰かに送るというスタイルでテキストを書いた方もいます。演劇的なギミックを混入させ、枠組みの中でより自由に語れる場を作り上げるようにしました」。

入り口にあるキッズスペース。子どもが描いた絵が増えている。撮影:筆者
入り口にあるキッズスペース。子どもが描いた絵が増えている。撮影:筆者

ところで、竹中さんが拠点とするフランスでは、人々はどのように育児や介護といったケアを考えているのだろうか。

「割とさっぱりしているというか、家族の単位の概念が縦じゃなくて横なんですよね。パートナーとの関係性がまず一番にあるので、子育てをしていても、夫婦の寝室と子ども部屋をはっきり分けるとか。高齢者の一人暮らしを支える社会保障制度もあり、家族ですべてを背負わなきゃいけないと思う方はすごく少ない印象はあります。そのため、フランスにいると、私が誰のケアもしていないことに対する罪悪感もないんですね。
それよりも、自分たちの世代の関係性を大事に築けない方がよくないという感覚がある。家族のことは家族で解決しなきゃいけないという日本のような感覚を持たずに済みます」

一方でフランスにいる日本人から「日本の保育園などは手厚いので、子どもが小さいうちは日本の教育施設に入れたい」という話も聞いたことがあるという。
「公共サービスは日本の方が親切で丁寧だと感じるけれど、従事者の賃金が安いという問題もありますね」などと、海外の事例と比較した福祉や教育のメリットやデメリットについて触れた。

ホーム・ケアリストが物語を創作する過程の資料や写真などがファイルされている 撮影:筆者
ホーム・ケアリストが物語を創作する過程の資料や写真などがファイルされている 撮影:筆者

竹中さんは、演劇制作の現場や過程においても「ケア」を実践しようとしている。「裏方の人間関係は作品にも現れる」と考えており、制作・企画補佐の佐藤瞳さんとともに、コールセンターの先輩職員役として会場に滞在しながら、参加者やスタッフのケアにも気を配っていた。

「例えばホーム・ケアリストが、急に子どもが熱を出して今日は電話ができないといったときには無理せず休んでいただきます。一般参加者による作品では、作品がその方の人生を超えてしまった瞬間にうまくいかなくなると思うので、一番大事なのは皆さんの人生ですよ、ということを全員で共有しています」

会期中、ホーム・ケアリストの現実の状態が変わり、数週間前に書いたテキストを自分自身がどう感じるかが変わってしまうこともあるので、演出家(竹中さん)と演者(ホーム・ケアリスト一人ひとり)の対話は続いている。
ホーム・ケアリストの方々が思い出したディテールを追加したり、話し方を変えたりと、相談を受けながら変化しており、「テキストが生(なま)であり続けている」と竹中さんは話す。「それを受け止める鑑賞者も驚くほど真剣に聞いてくれています。携帯電話を一切見ず、俯いて集中していたり、相手に見えないのに頷いたり、大きな動きはないのにその身体に雄弁さを感じています」。

参考文献を会場で読むこともできる 撮影:筆者
参考文献を会場で読むこともできる 撮影:筆者

ちなみに母を在宅介護している筆者もいわば「ホーム・ケアリスト」である。6年前に介護を始めた頃は、国として在宅介護を推奨する気運にあり、地域包括センターやケアマネージャーのサポートを得ながらなんとか仕事と両立させてきた。しかし近年、介護保険制度の存続が危ぶまれる中、国の財政難を補うための、家父長制の歯車になってしまったのではないかと考えることもある。

一方で、そんな“歯車感”を脱したいし、そんな思いでケアされるのは母も嫌だろう。母の人生に楽しい思い出を残したいし、自分自身も取材の仕事を続けていきたい。また、ケアにおけるクリエイティヴィティを言語化し、ケアラーを支援することで、ケアする側・される側の双方に無理のないケア環境を作る一助になれればとも思う。

さらに竹中さんは「参加した方々の幸福感と同時に、演劇としての質も追求したい。その質とは、知らない誰かをいかに想像できるかにある」と語っていた。二度訪れて感じたのは、ホーム・ケアリストの語り越しに、ケアされている父や母、子どもなどの景色が映像のように浮かんでくることだった。ケアリストが自分を語っても、ケアされる人を置き去りにしない方法が演劇の中にあった。こうした非対称にならない語り方を筆者自身も模索したい。

インフォメーション

サテライト・コール・シアター
会場:BUG(東京都千代田区丸の内1-9-2 グラントウキョウサウスタワー1F)
会期:2025年7月4日(金)〜7月21日(月・祝)
開館時間:11:00〜19:00
*イベント開催のため閉館時間が変更になる場合があります
休館日:火曜日
入場料:無料

*通常はいつ電話がかかってくるかわからないが、立て続けに電話がかかってくる連続上演プログラム「サテライト・コール・シアター ラッシュアワー」あり(要事前予約)。
公式ホームページ・その他関連イベント情報はこちらから

次回連載第11回は8月8日公開予定です

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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