よみタイ

鈴木涼美「アラサー女がそんなことで喜ぶと思うなよ」
めでたく30歳を過ぎた鈴木涼美がおくる「アラサー女性論」。30代になった女が失うものは? 得るものは? なにかが変わるのか? 時代を鋭く読み取る元セクシー女優にして社会学者の気鋭のコラム。

平成最後のパワハラ判定〜逃げるは恥だし角が立つ

今年はどんな年だったか、というと日本に住んでいる人もいれば北朝鮮やシリアに住んでいる人もいるので一言で表すのは難しいが、今年はニッポンのおじさんにとってどんな年だったか、と言うと、それなりに功績があろうが名声があろうが、部下や生徒にパワハラレッドカードを突きつけられたら社会からの退場は免れない、ということがはっきりした年でした。

あと、おじさんは本当にカーリング女子日本代表のような、地方出身で一所懸命な女が好きだということがはっきりした年でもあったし、なぜかおじさんは元新潟県知事の米山氏とか桜田五輪担当相とかをマウンティングに使うということがわかった年でもあった。

パワハラ判定溢れる世において、消化不良のまま葬り去られるものとは

さて、おじさんがそだねーに萌えようが、「若いとき遊んでない男はだからだめなんだよ」とか言って米山さんにマウントしようが、もはや季節外れのセミが鳴いているくらいにしか聞こえないから良いのだけど、そしてスパルタとか親分肌とか言われていた人がパワハラ退場するのもまぁ時代の流れだと思うのだけど、一部の淑女の訴えがセクハラやパワハラやモラハラ、と認定されるのに対して、別の一部の淑女の訴えはそういう判定から免れ続けるのにはちょっと一石を投じたい。

年の瀬といえば忘年会も増えるがそれなりにカップルや家族で過ごすような時間も増え、故にパートナーやら家族やらがいない女同士はその空いた時間を埋めるべく、尚且つ、ひとしおの寂しさを紛らわせるべく、さらに己の人生と自尊心をギリギリの判定で肯定するべく、結構な頻度でつるんでおり、そしていちいちそれをまた忘年会と呼んでいるので、日々一年間の総括をしていることになり、必然的にお互いの一年について無駄なほど詳しくなり、別に壊滅的な被害は受けていないものの、そして人生としていくつかの要素は順調なものの、プライベートとか恋愛とか呼ばれる分野ではたいして報われないがために全体的に七転八倒感漂う自分らの人生に思いを馳せることも多くなる。

そんな名目で女が集まると、出る結論は「別に私たちは1ミリも悪くない、悪いのは男だ」ということになるわけだから、それは言い訳をするすべもなく時代に葬られていくパワハラオヤジに対する判定と同じくらいにはフェアさに欠けるが、本来であればパワハラ判定と同じくらいには理にかなっていると思うのだけど、カラオケのリモコンで人を殴ったり、練習中の体操選手に暴言を吐いたり、スポーツで不正を強要したりすることに対して、我らが訴える男の非は、何かに認定されて世の同情を引くことも、男を社会か或いはせめて恋愛市場から退場させることも叶わず、30代の良識ある女の胸の中で、消化不良のまま葬られるしかない。

突然の音信不通とか未読スルーとか口止めとかが女の自尊心につける傷

例えば、すでに年末になってから3回ほど一緒に飲んだ友人は今年、半年ほどデートしていた相手に、いい加減お互いの関係をはっきりさせよう、と迫ったところ、彼がその場では「僕は結構真剣に考えてるよ、他に女と会ったりしていないし」と言いながら、翌日から音信不通になるという事件を経験し、年の瀬の今もイマイチ納得がいかないまま、相手はきっと事故か急病で死んだのだろうと思ってなんとか前を向いて生きている。

死んでいるはずの彼がなぜか社内コンペを勝ち抜いて大きなプロジェクトを始めたり、昼に有名店のトンカツを食べたりした情報がフェイスブックで流れてくるのを不思議に思いながら。

同じく年末に日々連絡を取り合っている友人のもう一人もまた、名前のつかない関係を続ける彼と、それでも一緒にいる時間を楽しめればいいかな、なんて思って週末にゴルフの練習に付き合ったり、一緒に釣り堀に行って遊んだりしていたところ、フェイスブック上で共通の友人がごまんといるような女が彼と一夜を共にしたことをわざわざ友人伝いに報告され、そのことについて質問し、ついでに自分たちに関係についてどう思っているか聞くラインを送ったところ、未読のまま二ヶ月が過ぎた。

未読スルーというけれど、スマホとラインの特性を考えると「二行だけ既読してスルー」というのが正確で、このような事態を避けるために賢いの頭にズルがつくデジタルネイティブ世代のビッチたちは重めのラインの後に即座にスタンプを送ったり、重めのラインの最初の二行は時節の挨拶で始めたりするのだろうが、高校入学時点の最先端がテレメのアーキス(東京テレメッセージという当時存在した会社のポケベル)だった世代の良識的で迂闊な女は、いきなりぶっちぎりの本題に入るので彼女のスマホのライン画面を開いて彼の名前までスクロールすると、未だに「この間●山●子ちゃんて子と話す機会が会ったんだけど、別に私が言う権利がないかもしれないけど」といういかにも重めのラインの序文が表示されており、そのままトークルームを開くと長い本文が続くそれに、既読のサインは未だついていない。

ちなみに私には今年、一瞬だけ付き合った男と酒気帯びで喧嘩になって後頭部を数回フライパンで殴られるという珍事が起きたのだが、その日馬富士系事件はインパクトと、裁判したら勝てる可能性などは濃いものの、私のアイデンティティを揺るがしたり、考え方を脱構築したり、生きる気力を奪ったりはしない。
それより、そのミスターフライパンと別れた傷心のまま身体を預けた男に、「俺とのこと、絶対周囲に秘密にしてね」と念を押されたことの方が地味に傷つく。

しかしこういった我ら良識的妙齢女の主張は、暴言を浴びたり、殴られたり、上司という立場を使って無茶振りをされたり、記者と事務次官の関係を利用しておっぱい見せてと言われたりするような、近年世間の同情を強く浴び、十分な報復装置が用意されている彼女たちの主張に比べて、訴える取っ掛かりもなく、そもそもどこに相談していいのかもわからず、女友達以外の世間様に真剣に取り合ってはもらえず、しかしステンレスのフライパンでつく後頭部の傷よりずっと痛みがある形で女の自尊心に大きな傷をつけ、忘年会の終盤で煮詰まっていくもつ鍋とともに、我々の心にのみ焦げ目として残っていく。

ミスターフライパンのような露骨で原始的な男は裁けても、フライパン事件に類するような修羅場の匂いからとっとと逃げる男は裁けない。

フライパンの傷は冷やせば3日で癒えても、音信不通で傷つけられた自尊心は癒えることのないまま平成の負の遺産として次の元号になっても残っていく。
別にパワハラ被害やDV被害だけが救われていてずるい、なんていうことを言いたいわけではない。

せめて音信不通男には何かしらの判定があってしかるべきではなかろうか

納得いかないのは、そういったことが起こりうるほどの濃密な人間関係から逃げる男は、パワハラ断罪ブームのこの世の中を実に器用に泳いでいて、米山知事にマウンティングして若い頃の武勇伝を話し出すおじさんが如く、今時パワハラなんかで捕まる男を小馬鹿にしているような気がすることだ。
パワハラ報道がこのまま過熱していけばこんな男はさらに増え、またそんな男のマウントドヤ顔はドヤの具合が増していく気がしてならない。

法律に照らし合わせるとやや拡大解釈を孕むとはいえ、煽り運転を危険運転とみなした判決は尊いものだったと思う。

その勇気をもって世の裁判員の方には、音信不通や未読スルーをDV認定して欲しいものと思う。

法で裁ける罪よりも、法で裁ける罪からも私たちの泣き顔や怒りの声からも逃げようとするその態度の方が、時に人生にも仕事にも疲れた妙齢の女のギリギリの自尊心に悲鳴を上げさせるなんてことはままあるのだから。

逃げるくらいならフライパンで殴れとも言えないが、せめて音信不通男への何かしら壊滅的な社会制裁がないものか、というところで、今年の忘年会はいつも一番大きな盛り上がりを見せている。

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。
公式Twitter → https://twitter.com/suzumixxx

週間ランキング 今読まれているホットな記事