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鈴木涼美「アラサー女がそんなことで喜ぶと思うなよ」
めでたく30歳を過ぎた鈴木涼美がおくる「アラサー女性論」。30代になった女が失うものは? 得るものは? なにかが変わるのか? 時代を鋭く読み取る元セクシー女優にして社会学者の気鋭のコラム。

男と女、それぞれの成功論 〜あの鼻を折らすのはあなた

欧米に比べて日常がそれほどカップル文化に侵されていないニッポンは、明るく生きるおひとりさま、こと私にとっては居心地が良いのだけど、そんなニッポンだからこそカップル日和な日というのがあって、この歳になってもなんとなくクリスマスの過ごし方がよくわからない。

年の瀬にあんまり世間と断絶して暮らすのもいかがなものなんだけど

別に家にいて仕事でもしていればいいのだけど、三年前に三日ほど年末進行の原稿の大詰めをしていたら風邪をひいて、すっかりなくなっていた日付感覚と時間感覚を携えて、当時の家から最寄だった六本木のミッドタウンクリニックに薬を取りに行こうとしたら、下界はクリスマスイブの夕方で、イルミネーションを見る行列の交通整理をしていた警備会社の職員に、こちらに並んでくださーい、とカップルの塊とともに誘導され、違うんです、私は電飾の発光を見るためではなく医者に診断書発行してもらうためにきたんです、と誤解をといて、意外と人の良かったそのおじさんに案内されながら、スッピンマスクにスウェットにダウンコートという出で立ちで、振り絞るほどオシャレしたカップルの波をかき分け、クリニックのあるビルの下までミッドタウン道中膝栗毛という喜劇を演じた経験があるので、年の瀬にあんまり世間と断絶して暮らすのも良くない、と身を以て知っている。

というわけでこのあいだのクリスマスの三連休もまた、飲み会、友人たちと日帰り温泉、女友達とレディースサウナ、など巧みな処世術で、何か深いことを考えるわけでもなく、孤独も感じず、かといって恋人たちのクリスマスとはうまく住み分けをした良いクリスマスを過ごしたのだけど、その締めになんとなく深夜の新宿で、レディー・ガガ主演の新作映画『アリー/スター誕生』を観ることになった。

たいした事前情報もなく、別にクリスマスともあんまり関係がないし、ブラッドリー・クーパーといえばハングオーバーだし、スター誕生と言うくらいだからマイフェアレディとあまちゃんとコーラスラインを足したような、明るいバックステージ物語だと勝手に想像し、ほろ酔い気分で観るには良さそうだね、なんて適当な流れで観に行ったのだが、開けてびっくり、思ったよりハッピーでもないし、結末は暗いし、嫌な共感があるし、男にも女にもイライラするし、これならラブ・アクチュアリーのリバイバル上映でも観て、性なる夜、じゃないや聖なる夜に自虐的な気分になる方がまだよかった。

ショーパブで時々ステージに立っていた歌の上手いウェイトレスが、偶然著名なミュージシャンの目にとまり、恋人関係になりつつ彼のステージで歌ったことがきっかけでスターへの階段を登り出す。と、ここまではいいのだが、彼女がどんどん成功を掴み、彼のステージの彼のおまけという立場から独り立ちするに従い、彼の方はドラッグと酒にさらに溺れていって、そんな彼を横目に自分の成功に夢中なガガちゃんは階段を駆け上がるのに必死。
なぜ彼が自分の成功を単純に喜んでくれないのかイライラが募り、暴言を吐く彼と喧嘩しまくり、その度に酒に溺れる彼。要するに単純でアホくさくて楽しいスター誕生系シンデレラストーリーではなく、男と女の成功と恋愛と嫉妬の本質をわかりやすく描いたヒューマンドラマなのである。クリスマスの夜更けにビール片手に目の当たりにしたい内容ではない。

男は女の成功を自分のそれと同じように喜べる性質を根本的に欠いている

男は女の成功を自分の成功のように喜び受け入れる性質に根本的に欠けている。

彼氏がクサクサした日常を送っている時に、自分の小さな成功など報告しようものなら、「すごいですね、俺なんて」と嫌味っぽくいじけられるか、「あー、新人の頃は俺もそういうので喜んでたわ」とさらに嫌味っぽく見下されるか、本気で病まれるか、どうでもいいことでキレられるか、頑張ってるね誇りに思うよ、とか言いつつ、影でモニカ・ルインスキーと浮気されるか、「俺はそういう商業的な考えってどうかと思うんだよね」となぜかいきなり無頼派っぽい立ち位置とかから大きく批判されるか、「そんなことより、洗濯物生乾きで臭いんだけど」と話題をすり替えられるか、「おーしゅごいしゅごい頑張りまちたねー」とものすごい上から目線でバカにされるか、なぜか男友達に悪口を言われるか、エトセトラエトセトラ。

とにかく声を震わせるほど揺らされている自尊心が、こちらから見ても気の毒なほどに動揺し、動揺を隠すために必死に取り繕うのだが、いかんせんギリギリの自尊心が悲鳴をあげている緊急事態なので、取り繕う様子がまた滑稽、という気まずい事態に陥りやすいのである。

この挙動不審は意外と、「女は俺の後ろをついてこい」なんていう昔ながらの亭主関白ちっくな男というより、「専業主婦になりたいっていう子よりしっかり自分の仕事を持ってる人が魅力的だよ」なんて軽めの男女同権主義を装っていたり、「女性って男より本当は全然優秀だと僕は思うよ」なんて女性尊重発言をしてみたり、「今時、女の人が部長になれない会社なんて成功するわけないよ」なんて時代遅れの家父長制男じゃないよアピールをしてみたりする男に顕著に見られる傾向だったりする。

女の人の成功は素晴らしい――それが自分のオンナじゃなければ。
女性活躍万歳――それが自分より大きな活躍でなければ。
男女同権賛成――自分が下の格差が生まれないなら。

自分の成功は嬉しいが、自分のオンナの成功は小さい方が嬉しい。
自分の事のように嬉しいなんて思わない。

反面、女は自分の男の成功を自分のそれと見紛う能力を持っているのだ

と、ここまで書いておいてなんだが、何も私は、女が人の幸福を全て喜べるほど性格がいいなんて全く思わない。自分は何の被害も受けていないのに、隣の子が幸福を掴んだら憎たらしいと思うし、自分の彼氏より後輩の彼氏のスペックが高ければ別れろと呪い、相手の才能や努力を無視してずるいとか不公平だとか宣う。

ただ、自分の恋人や旦那の成功を苦々しく思う女は少ない。

なぜか。

女は自分の男の成功を、自分の成功と見紛う能力があるからだ。

若い頃、自分は何一つまだ得ていないのに、お金と車と高級マンションを持っている彼氏ができただけで、態度がでかくなる女って結構いる。
恋人の稼ぎが良いという理由で、自分はビジネスクラスに乗る価値があると簡単に勘違いできる。
旦那が成功しているという理由で、講演会まで開いちゃったり。
すごいのは彼氏で稼いでいるのも名誉を得ているのも彼氏なのに、なぜか自分もセレブの仲間入り気分。月給20万でも移動はタクシー。

自分のオンナの成功を自分の喜びと思えない男。
自分のオトコの成功を完全に自分の成功と思い込む女。

この性質がある限り、結局女は成功しない方がいいってことになる。

成功気分が欲しければ、成功しそうなオトコの恋人におさまればいいわけだし、間違って成功してしまえばうだつの上がらないオトコをアル中にしてしまうし、オトコをアル中にしない程度の小ぶりで程よい成果をあげつつ、オトコのコンプレックスを刺激せず、生意気な感じを出さず、プライドを満足させてあげるべく気を使って…とやるくらいなら家でドキュメンタリーなどを一気鑑賞してのんびりしていたい気もする。

女は可愛くてバカがいい、というのはかなり普遍的な好みであって、そもそも35歳独身女が華やぐ街のイルミネーションから逃げこむように映画館に入るクリスマスだって、そもそもバージンなままのメアリーが大成功する男を産んだ記念日だ。処女から生まれた子なんかより、1万人のオトコを知る女から生まれた子の方がありがたい感じがしないでもないが、バージンメアリーはバージンであるからこそ性的、じゃないや聖的なわけで、少なくとも2000年以上続いた男の幻想が、サラブレッドな首相が女性活躍社会を謳ったところで打ち砕かれない類のものであることは確かでありましょう。

問題は、少なくとも18歳くらいまではほぼ男と同じ本を読み、わりと自然に男と机を並べて勉学という名の暇つぶしに勤しんでしまった我らは、可愛くもありたいが尊敬もされたいというとても面倒臭い欲望を持ち合わせていることだ。

これは、奥さんも仕事を持っていてほしいが、自分を超えることはしないでほしい、とアンビバレントな方向に突き進んでいる男の面倒臭さといい勝負をするくらいには厄介なことである。

かつて金麦のCMで檀れいが着ていた、いかにもモテそうな野暮ったい服を着るか、かっこいいねと言われる、センスとスタイルがありつつコスパと男受けが極めて悪い服を着るか。
男を越えようとしない無害な女を演じきるか、すごいねさすがだねと言われる仕事人生を孤独に歩むか。
カマトトぶって正常位ばかりして男に愛されつつも浮気されるか、性の奥義を披露して別の女を愛している男に一晩だけありがたがられるか。

考えなくてはならないことは山ほどある。

機転をきかせてうまいこと男の鼻を折らない工夫をしたっていい

そんな悩ましき二面性を抱えて右往左往するのは現代女の宿命ではあるし、そこに女として生きる楽しみと可笑しみがあると思わないとやってられないが、ちょっとだけトリビアルなことを付け加えると、水商売やエロ産業の匂いの強い女は、比較的、どんなに稼ごうと有名になろうと、男の嫉妬を煽ることが少ない。

今や女は男にとって、単なる加護の対象というだけではないが、依然として性の対象でもあり、また現代的な意味で自分と同等のライバルでもある。
しかし、女体として強く認識されると前者が強調されるのか、後者の意味を失いがちらしい。
男の情けなさを嘆くのも楽しいが、そうしているだけだと幸福がやって来なそうなので、ここは一つ女の機転をきかせてうまいこと男の鼻を折らずに粛々と我が道を極めるくらいの工夫は必要かもしれない。

とりあえずパンツスーツなど着ずに、お尻とおっぱいを強調した服にウルルンぷっくり唇で偽装しておけば、男は私たちの性的対象としての特徴に集中して、私たちが彼らと似たような成功を手にする可能性があることなど忘れてくれるかもしれない。

プルルン。

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鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。
公式Twitter → https://twitter.com/suzumixxx

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