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鈴木涼美「アラサー女がそんなことで喜ぶと思うなよ」
めでたく30歳を過ぎた鈴木涼美がおくる「アラサー女性論」。30代になった女が失うものは? 得るものは? なにかが変わるのか? 時代を鋭く読み取る元セクシー女優にして社会学者の気鋭のコラム。

セクハラ問題〜いやよダメよがお好きでしょ?

セーラー服を脱がすのはこの時代のリスクヘッジという観点から、どう考えても謝罪会見的な結末しか想起されないのでやめておいた方がいいけど、例のあの歌はガラパゴス日本男児とそれに呼応する形でやはりガラパゴス的発展を見せた日本女児の、生態・性格・趣味嗜好など、それらしさというものを凝縮してコトコト煮詰めて蜂蜜かけた、みたいな名曲だと、私は半分冗談半分本気で思ってる。

日本の女の子につけるエッチな擬音は“イヤン”

その昔、渋谷や池袋で米国の強盗団を指す愛称を名乗り、いやいや北島三郎の孫って感じの顔しといてギャングってアンタ、みたいな男がまだまだいたころ、そして湘南や厚木にはパリピならぬパラリラパラリラ軍団の集会がまだ散見されたころ、男子たちが若者特有の仕方で喧嘩を売っている間に、私たち女子は若さとパンツを売っていた。

当然指先一つで買い物からスケジュール管理までできるような世代ではないので、ソーシャルメディアなどを利用して顧客を開拓することはできず、仕方ないのでがっつりマージンを取られながらブルセラショップなんかで万券握り締めて自分には少々サイズの合わないパンツを買いに来るおじさんたちをマジックミラー越しに待っていたのだが、そういった店で延々と流れていたのが、おニャン子クラプの代表曲のそれだったりする。

どう考えてもやる気マンマンの扇情的な雰囲気を出しながら「嫌よダメよ」とか「あげない」とかもったいぶるその歌詞は100円のパンツを一時間着用して1万円で売却しながら資本主義を学んでいた私たちの脳裏に焼きついた。
そしてこれは基本的に、歳を重ねてマジックミラーを隔てずにおじさんたちを相手にするようになって、世のおじさんの方も私たちの下着に脱がす以外の特別な興味を失った後も、なんとなく私たちの行動の指針となりがちだったのである。

日本で、女の子にエッチな感じの効果音をつけるとしたら「イヤン」である。
米国のポルノでは女優がアホみたいに「オーイエス」を繰り返すのに対し、日本のAVでは「いや」「だめ」が発せられる回数がアホみたいに多い。
国によって言い回しが違うねっていうレベルではなく真反対である。米国人の生身の女性とセックスをした経験はないが、ポルノや映画のベッドシーンを見る限り、彼女たちは気持ちいいとイエスといい、日本人の女はイヤンと言う。

なんでも無理やり相関関係を見出して暴論を振るうのが趣味の私的には、日本男児は女の子がやる気マンマンだとあまり興奮しないからなんじゃないかと思う。
そう言えば団鬼六先生も生前、最近の女優はプロ意識が高すぎて、恥ずかしがったり嫌がったりせずに開脚するから情緒がない的なことを言っていたような。慎ましく閉じられた扉を開けるのが好きな男が多いということでありましょう。

だからAVも風俗も、キャリアも経験も技術もない新人一発目が最も給料が高く、キャリアと経験を積んで技術が向上し、プロ意識が芽生えれば芽生えるほどもらえるギャラは下がっていくなんていうある種トンデモな、でも年功序列が悪しき慣習だと思っている人にぜひ教えてあげたい年功逆序列の事態が起きているわけである。

イエスのイヤンとノーのイヤを瞬時に嗅ぎ分ける能力がない限り、食い違いは続く

世の中の多くの人にあんまり関係ない話だろうけど、数年前に、神聖なる領域、あるいは文明の進化がいたっていない無法地帯として諸々スタンダードな視点での審査を免れていたAV業界にも、世の中の親切でクリーンでお節介で正しい手が入るようになり、悪質なスカウトやしつこい説得行為を糾弾する動きが活発になった。
いわゆるAV強要問題というやつだが、男が根本的に求めているのがオーイエスではなくイヤンである以上、強要問題はそもそもAV自体が内包する病理であるとも言える気がする。

AV出たーいセックスしたーいオーイエス、と言ってる女じゃ興奮しないのであれば、「AV出ない?」と言われて「えー…」と答える女の方が結果的にAV女優として需要があるということになる。

ポリコレ的な意味での大人の事情もあるので付け加えておくけど、私はセクハラや強要問題で訴え出ることに対してなんら否定的な気持ちになることはほとんどない。ただ、AV強要問題のような問題を大真面目にコメントしようとすると、強く賢く悪い権力者の男と弱く無力な被害者のオンナという図式で語るのがラクなのだけど、いかんせんAV内部から見た、当の賢い権力者の方々って、秘書がいきなり巨乳を押し付けてきたり、兄貴の嫁さんがダメよと言いながら股を開いて感じていたり、ナースがいけませんと言いながら下のお口にお注射されたりする、オンナからすればギャグでしかないシチュエーションを妄想する生き物であって、本当に真面目に戦うべき権威なのかとやや疑問に思う。もっと言えば、イエス!AV出たいです!というオンナより、無理ですーと答えるオンナに興奮する性癖がそこにある以上、強要強要ということで彼らの妄想を喜ばしてしまっているような気がしてならない。

AVのことは余談なのだけど、このイヤン文化を思うと、セクハラのグローバルスタンダード、もっと言えば米国的なme too運動を日本に当てはめた時に、オーイエス文化の国に比べてもうちょっと複雑なボーダーラインを孕んでいることになる。

イヤン文化に情緒というものはあるのだけど

訴え出ている人の苦痛に違いはないだろうが、イエスの人はオーイエス、ノーの人はノーと言うわけでなく、ノーの人はイヤ、イエスの人もイヤン、なのであれば、イエスのイヤンとノーのイヤを瞬時に嗅ぎ分ける能力がないと、イヤと言ったと主張する被害者と、イヤン脱がさないでを信仰する加害者との主張が食い違い続けるだろうし。

このイヤン文化、情緒があって悪くないのだけど、いろいろな事象に国際基準が侵入してくる時代には何かとややこしいのは何もセクハラ暴露に怯えるおじさま方だけではないのであって、女同士の微妙に分かり合えない分断を作っている側面もある。

ノーと伝えたのにノーが伝わらない悔しみを抱えておじさんを憎む人もいれば、いやよダメよと言われたくらいでセーラー服を脱がしもせずに引き下がる草食男子に絶望する人々もいる。
前者に非がないのは明らかだが、少なくともマジックミラーの前でおニャン子をエンドレスリフレインで聞かされていた女の子たちがいる限り、後者にもそんなに非はない。

もとはと言えば親切に、或いはプロ意識で堂々と開脚するオンナに情緒がないなんてぬかして、恥ずかしげを持ってイヤンと閉じられた膝をこじ開けたい、なんて屈折した性欲を持つ男のせいなので、このあたりでひとつ、俺たち日本男児は大和男児の名にかけ今後精進に精進を重ねて“ノー”と“イヤン”を聞き分ける能力を研ぎ澄ませていく、と言うのか、はたまたグローバリゼーションの波に乗って「セーラー服を脱がして」という曲で興奮するよう身体を作り変え、今後一切アゲナイ♡と言われてテンションをあげないか、どちらにするかを決めてもらいたい、と私はやはり半分冗談半分本気で思っている。

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鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。
公式Twitter → https://twitter.com/suzumixxx

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