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鈴木涼美「アラサー女がそんなことで喜ぶと思うなよ」
めでたく30歳を過ぎた鈴木涼美がおくる「アラサー女性論」。30代になった女が失うものは? 得るものは? なにかが変わるのか? 時代を鋭く読み取る元セクシー女優にして社会学者の気鋭のコラム。

すっぴんがいいね、とキミが言ったから〜アラサー女の真のスッピン

すっぴんで来ちゃったよごめんね、とか、写真すっぴんだから恥ずかしいけど送ります、とか、女がしばしば使うフレーズではある。

そして同フレーズを発せられた男は、すっぴんじゃないでしょ? え? 本当にすっぴんなの!? とか、全然変わらないからびっくり、と答えるのが定石となっている。そして普段の化粧をして整った顔より若干あどけなさの残るその「すっぴん」を可愛いなとか愛しいなと思い、ああそうか自分は作られたがっつりメイクの女よりもナチュラルで素顔の女が好きなのだ、と割と素直に思い込む。

オンナのすっぴんは自身の劣化と財力の変動で幾たびもの進化を重ねていく

当然、そこで想定されているすっぴんは、スッピンではない。

例えば私のすっぴん、つまりしっかりしたベースメイクと色物のコスメを使っていない状態、というのは、洗顔後に水やグリセリンだけではなく美容液にヒルドイドにクリーム、さらには毛穴の消える日焼け止め入りの下地を塗って、眉とインサイドアイラインはアートメイク、つまり入れ墨をしていて年に一回はリタッチされており、二週間に一回リペアされるまつげエクステがついて、二重は何度か直した末にようやく落ち着いた形になった埋没式で、下まぶたの涙袋は二年に一回微量のヒアルロン酸が注入されていて、あご下は脂肪溶解注射、フェイスラインはボトックスが打たれていて、もちろん数年かけて産毛の脱毛もしている。

高校時代のガングロメイクを除けば、しっかり化粧をした後の顔はそれほど変化していないと思うけど、すっぴんやナチュラルメイクの方は自身の劣化と財力の変動で幾たびもの進化を重ね、文字通り進化系の顔になって久しいので、年を重ねれば重ねるほど、男に、俺お前のすっぴんの方が好きだよなんて言われることが多くなった。

化粧の技術を上げるならまだしも、こうやって素顔を底上げして、女は化粧をしなくてもそこそこ色っぽいし毛穴はないし眉毛はあるし可愛い、という男の幻想を強固なものにしているとしたら、今後成人を迎え大人の女として生きていかねばならないような女の子たちにとって、私はさしずめ悪しき前駆者なのかしら。
いや、でも私が16歳や17歳で、スッピンがまさにスッピンでしかなかった時から、男はゴテゴテと飾り立てた女よりもナチュラルな女が好き、とぬかしていたから、別に私に責任はない。

そう、男はこぞって濃い化粧より薄い化粧、セクシーワンピよりさりげない色気、整形顔より普通の童顔、作られた礼節より天然ぽい笑顔、が好きと言いがちなのだけど、女のスッピンを本気で好きな男などほとんど存在しない。
すっぴんとかナチュラルが好きと言う時の男の脳内に浮かんでいるのは湖っぽいところから濡れ髪で上がってくる本仮屋ユイカみたいな状態なのだろうが、本物のスッピンというのはそんな透明感があるわけもなく、突き詰めればほとんど商店街のおばさん。韓国のサウナで半裸でアカスリをしてくれるあのパンチパーマの集団こそまさに本物のナチュラルなわけである。それを色っぽいと思うのならばそれはそれで自由だが、少なくとも多くは最早オンナとすら認識しないような女、それこそがリアルにナチュラルな女である。

口紅もつけないままの田舎の恋人に都会で流行りの指輪を送る昭和歌謡があった気がするが、草に寝転ぶほどの突き抜けた田舎者の女というのは、せめて口紅くらいつけないといくら愛しい恋人でも見るに堪えないということがよくわかる。

男の好むナチュラルは結構お金がかかるものである

以前、40過ぎの素人童貞の男と話す機会があった。

彼は吉原の高級ソープや交際クラブでパパ活に勤しむセミプロ女子とばかりお手合わせをしていて、会社の部下や地元の女友達には目もくれない。その理由は「会社の女はいかにもいい男捕まえるぞ! という感じの化粧で、俺そういうの引いちゃう」「地元の女なんて熟女どころかババアしかいねぇ」からだという。

彼は、彼の財力や彼が都内で相続するはずの一軒家狙いで厚化粧で寄ってくる会社の部下が苦手で、地元の同い年の女友達は彼にとって最早女ではない。彼の愛する吉原高級店は、黒髮・色白じゃないと雇ってもらえないのでみんなわざわざ長い爪を切って明るい髪を染めて面接に行き、彼の財力や一軒家には確かにそれほど興味がなく、もっと露骨に本日の財布の中身に興味を持つ。
会社の厚化粧のOLの数倍スレているのが吉原の女で、会社のOLたちから醸し出る計算やあざとさを持たないのは、本当のところ吉原の女ではなく、地元のスーパーで働く元同級生の方である。
しかし、彼は男にあざとく迫ることで数百万円を稼ぎ、その稼いだ数百万円を整形につぎ込んでより化粧を薄くした女たちを、「さりげない品と、作られた美ではない自然な可愛さを持つ」女の子として激しく愛していた。

男の好むナチュラルはそんな感じで結構なお金がかかる。
例えば20歳前後になってようやく百貨店の一階で思う存分化粧品が買えるようになり、ゲランやクレ・ド・ポーやシャネルを顔に貼り付けていた頃の私と、百貨店の一階に出かけるのも面倒になり素顔をやや進化させることでなるべく日々の化粧をしないで過ごせるようにしている今の私と、どちらにお金と手間がかかるかといえば当然後者。
生まれた状態からどちらがかけ離れているかといえばやはり後者なわけで、しかも35年間お金と手間をかけ続けてこのレベルなので、水から上がった本仮屋ユイカ状態までは未だ全然遠いし、その極みまで行き着くには少なくともあと500万円くらいはかかりそうなものである。

こんな話は私が今更説明するまでもなく、脱毛サロンの車内広告や美容系の雑誌やよりナチュラルに見せるためのありとあらゆる化粧品の箱など見れば男にだって明らかなのだけど、どんなに親切な女が、湖から上がってきた本仮屋ユイカにあるのは自然との融合ではなく、愛しさとあざとさと計算高さとなのだ、と力説しても、男にはいまいちその真意が通じず、この世には計算も深い欲も整形痕もなく、「偶然にも」金持ちだらけの合コンに居合わせて、今まで誰の誘いにも乗ったことがないのにも関わらず「運命的に」自分の誘いにはホイホイ付いてきて、男の好みなど知らないのに「偶然にも」彼好みの料理ができて、自分の親に合わせたら「運命的に」とても気に入られていて、急かされることもなく「偶然と運命に導かれて」自分のものになってくれる女がいると頑なに信じ、その信念を曲げようとしない。

深夜や早朝にすっぴんでいいからおいでよ、などとほざくのはイノセントにもほどがある

そもそもナチュラルなのがいい、と豪語する男は、歌舞伎町のキャバ嬢みたいなゴテゴテ感を嫌うと同時にかつての松田聖子的なわかりやすい可愛い子ぶりっ子も嫌う。

つまり彼らは、毛穴や皮脂のテカリの生々しい現実が好きなわけではなく、整形やら高い化粧品収集やらをして自らを良く見せようという浅ましい考えが嫌なのだ。

合コンのために必死にダイエットして化粧を覚えて上目遣いを覚えてスリットの入ったスカートを買い、鼻息荒く男を捕まえようと力んでいる女は計算高そうだしお金がかかりそうだし一晩泊めたら自分の部屋の洗面所に堂々とヘアアイロンなどを置いていかれそうで、しかもそんなことをしておきながら、きっと他の男のいる場所にもお色気ムンムンなワンピースで出かけて色目を使っていそうだし、怖い。
だから、計算などなく自然にそこにいるような、たまたま湖から上がってきたような女がいい。

そんな、偶然と運命に導かれたが女が存在する確率などユニコーンやイエティやネッシーより低い、という女なら誰でも知っていることを、男が知らないでいるのは最早別にどうでもいい。
水から上がった本仮屋ユイカは女から見て500万円の努力が見えても、男から見るとコスト0円に見えているらしい、というのも、知らぬが仏でいい加減黙って泳がせておこう。こちらがパンや米にかけるお金を切り詰めて、「すっぴん」やら「ナチュラル」やらのコスプレをして会いに行けば行くほど、男のファンタジーと無根拠な信仰は怪しく光ったまま権威を保つ。
最も美しいものでも最も醜いものでも、最も手をかけて端正に作られたものですらない、最も自然に見えて実は最も人工的なものに、偶然と運命の神など宿るわけないのだけど、そもそも信仰なんていうのはその程度のものだから。

ただ、具体的に私たちにとって害があるので改めてほしいのは一点だけ。

深夜や早朝に、今からおいでよ、なんて連絡をよこしてきて、「なんで来られないのー? 仕事あるのー? 明日早いのー? いいじゃんすっぴんでー」なんてほざくのは、イノセントにもほどがある。
言っておくけど、朝起きてから男の好みの「すっぴん」状態に持って行くには大体2時間くらいは必要なので、深夜に急に呼び出されたら、アカスリおばさんのクオリティで行くしかないのでございます。

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鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。
公式Twitter → https://twitter.com/suzumixxx

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