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鈴木涼美「アラサー女がそんなことで喜ぶと思うなよ」
めでたく30歳を過ぎた鈴木涼美がおくる「アラサー女性論」。30代になった女が失うものは? 得るものは? なにかが変わるのか? 時代を鋭く読み取る元セクシー女優にして社会学者の気鋭のコラムがスタート。

第2回 連れているオンナの小さい財布と愛の所在

かつて私が処女に毛が生えたような年齢で、自分のオトコの乗っている車が何であるとか、一緒にハワイに行ったらどこに泊まるとか、彼のクレジットカードの年会費がいくらだとか、そんなことが結構重要だと感じていた頃、そしてなぜかそういった自分の努力や労働とは実は全然関係がない、オトコのすごさが自分のすごさであるような気がしてならなかった頃、東京の、そういう私と似たようなメンタリティで生きている若くて可愛くてバカなおねえさんたちの間で、グッチのバンブーシリーズというのが流行っていた。

かつてグッチのバンブーバッグがアナウンスしたもの

今の20代の女の子は見たこともないかもしれないそのシリーズのバッグは、大きさや素材にバリエーションはあるのだが、とにかく取っ手の部分が竹素材で出来ている。見た目のオシャレさの代償として、当然肩にかけると死ぬほど痛い。購入前に店頭で持ってみた時にはそんなに痛くないと思ったのだけど、それはその時はバッグの中身が空だったからで、財布とか化粧品とか女子を女子たらしめるグッズを詰め込んでから持ってみると、細い竹が肩に食い込んで跡がつくほど痛い。

その、竹という素材は見た目にオリエンタルな風情はあるけれど少なくとも肩にかけるカバンの取っ手には全くもって不向きである、ということを全世界のオシャレガールたちにただただひたすら証明した、一般的な意味では何の実用性もないバッグはしかし、荷物を快適に運搬する、というのとはまた別の、極めて重要な役割を持っていた。例えば私がその時に既に新聞社に勤めていたり、今のように細々とした原稿料をかき集めて何とか生活していたり、あるいは真面目に親元で介護などしながら生真面目に学校へ通うような心穏やかな生活を送っていたのだとしたら、そんなバッグを買うことはない。大きさの割には荷物が入らないし、無理やりパソコンや分厚い本を入れたら竹が折れるか肩の骨が折れるかしそうだし、担いだまま地下鉄に乗って歩き回っていたら肩や腕に青あざができそうだし、そもそもそんなレベルの使い心地なのに値段は大変高価。

要するにそんなバッグは、荷物をそんなに持ち歩かないで良い、地下鉄に乗らないでも良い、重い荷物を代わりに持ってくれる人がいる、移動は常にそいつの車かタクシーの、重い本など読まない、何よりオシャレで流行っているというだけで将来性のない高価なバッグを人に買ってもらえるオンナだけが持つのを許された代物なわけで、それを公共の場に持っていくことは、私はそういうオンナです、という大変わかり易いアナウンスとして機能していたわけである。
私には金持ちの彼氏がいます、私はバカでも許されるくらい可愛いです、私に歩いて帰れなんていう男はいません、仕事道具どころか財布すら持ち歩く必要がないんです。そんな、最小の荷物と大量の自尊心を持つオンナたちの、若さ特有の皮肉のない明るさによって、バンブーシリーズは雑誌の巻頭特集を何度も飾るほど流行ったわけである。

男にとって女というのは3種類いる生き物

さて、シワと荷物と皮肉が増えて、その代わり女性ホルモンとなけなしの自尊心がめっきり減った私は最近、仕事仲間や旧友である同年代の男たちが、飲みの場や食事の場に若い女の子を連れてくる、という状況にしばしば出くわすようになった。

男にとって女というのは3種類いて、見せびらかしたいオンナ、家にいてほしいオンナ、いなくなったらそれなりに寂しいけど普段は基本的に背景と化しているオンナである。男にとってそれは3種類のそれぞれ別の生き物なわけだけど、女は男が思っているよりずっと変幻自在なので、かつてAだったものがCになったり、Cに見えて時々Bになったりするのだが、少なくとも30代になると同年代の男にとって背景になることが多々あり、背景は背景だけにそこにくっきり実在していた頃よりずっと色々なものが見えるようになるものである。

先日も、若干の仕事を兼ねて気心の知れた同世代男女混合の複数人で2日ほど地方に行く機会があり、諸々の用事を終えた夕方から深夜まで地酒を飲んだりスナックで歌ったりしていたのだが、仲間内の一人であるそこそこ富裕層な男が「近くにちょっと友達の女の子住んでるから呼んであげていいかな?」と切り出した。一応そういった場合にそこに居合わせた知識と肩書きと軽めのほうれい線のある私たちオンナは「愛人じゃないなら」「バカじゃないなら」と嫌味半分の条件を出すのだが、経験上、会話に名前が一度も出てきていない、何も友達か明示されない女の子が登場する場合、AなのかBなのかCなのか不明な場合は少ないし、条件が達成されない場合がほとんどである。

地方では随分と高級な部類に入るご飯屋に現れた出来立てホヤホヤ20歳の女の子は、何の疑問もない綺麗な身体と綺麗な顔をして、下の名前と、地方の事務所に所属して時々モデルの仕事をしている旨だけの簡単な自己紹介を済ませ、その後はおじさんとおばさんのそこそこ品がない文化的な会話に参加するわけでもなく、強く自己主張するわけでもなく、その富裕層男と時々小さな声で会話しながら、ただただそこにいた。

飲み物頼む? この後もう一軒行くけど来る? 何か歌う? タバコ吸ってもいい? 遅くなるけど大丈夫? お家近いの? といった質問にハイだけで答えるそういった女の子は、そういった状況で出くわす多くの女の子がそうであるように、彼女自身にそっくりな、キャッシュカードどころかお札もたいして入りそうもない、見た目だけがとても可愛いバレンシアガあたりのタイニーな財布を文字通り飾りとして持っていて、一足だけを大切に持っているのであろうルブタンのオーソドックスな黒ピンヒールを履いていて、「そのヒールじゃ歩くの辛いでしょ?」と、実は既にそのアイテム自体にプログラミングされている、折り込み済みの台詞を特に疑問もなく投げかける、一緒に歳をとってきた同い年の男を尻目に、おばさんたちはその財布のタイニーさとヒールのピン級な細さに込められた彼女の自己主張を嗅ぎ取っている。何てったって、竹の取っ手を握りしめてそちら側に立っていた張本人なのだから。

そしてそこに居合わせたおじさんもおばさんも当然彼女のタイニーな財布の中身を一円たりとも出させることはせず、ピンヒールの中で悲鳴をあげるまだタコもウオノメもない柔らかい足を歩かせることもせず、近くのホテル泊まってるけど来る?と問いかける富裕層男にハイとだけ答えて歩きなれない様子でタクシーに乗り込む20歳実家住みのモデルさんを見送った。

彼女を呼んだ男とはまた別の男が、「おとなしい子だったけど大丈夫だったかなぁ。楽しかったかなぁ」とか「本当に二人で帰しちゃったけど平気かなぁ」なんて言っていたが、別に彼女について心配することは何もないのだ。だって彼女もあと10年もしたら30歳の誕生日を迎えて、自分がバレンシアガの財布で出かけることを許す男、という視点だけで見つめていた金持ちの男が、自分のこともゆるめの連れている女ジャンケンでそつなくあいこが出せる女の子、という視点だけで見ていたことに気づくし、それまでにバカじゃない、愛人じゃないポジションを得ていれば何の問題もない。何せ時間はたっぷりあるし、選択肢だって大学偏差値を使うものから顔面偏差値を使うものから色々ある。見た目がバレンシアガの財布程度に可愛い女の子は何の問題もない。その頃には、クレジットカードやら社員証やら、あるいは子どもの保険証やら、色々入る大きい財布に変える必要こそあるかもしれないけど。

そもそも愛とか恋とか、男女の見定め合いなんてのは

世のオトコを、小さい財布でデートできるかどうかで見定める若いオンナのそれや、世の若いオンナを、隣に飾っておくのにちょうどいいかどうかで見定める金と権力をそこそこ掴んだオトコのそれを、愛と呼ぶならそれはまさに愛だろう。

そもそも愛とか恋とか、わかりやすく言えば結婚に帰結する男女の見定め合いなんていうのは、多くはそんなきっかけで始まるのだろうし、相手が自分の想像通りに自分のことを思っていなくたって、自分だって相手の想像よりずっと殺伐とした気持ちで相手を見ているのだからお互い様である。

ただ、バレンシアガの財布の若いオンナは永遠に若くはなくて、20代30代を駆け上るに連れて、都合よくAになったりBになったりCになったりして器用に生きながら、打ち上げ花火もオトコの見栄も下から見るか横から見るかはたまた上から見るかでだいぶ景色が変わることに気付けるのだけど、バレンシアガが10年後には自分の隣の席ででしっかり大きいシャネルの財布を開いているオンナに変わっていることも、自分の向かいの席で大黒摩季歌ってるオンナがかつてバンブーだったことも気づかずAはAでしかなく、Cは絶対にBではないと思ったまま死んでいくんだとしたら、やっぱりオトコって相当におめでたいアタマの中をしているものだと思う。

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鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。
公式Twitter → https://twitter.com/suzumixxx

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