2020.7.12
動物の70%以上は昆虫なんです! どうぶつ科学コミュニケーターが知ってほしい自然界のリアル
狂牛病問題が転機に
1986年からイギリスを襲った、牛海綿状脳症(BSE、狂牛病)がさらに転機となっていきます。
イギリス政府はこの感染症調査のため、サウスウッド委員会を設立しました。
1989年には「BSE感染牛の発生は多くとも1万7千頭~2万頭」「人への感染の危険性はありそうにない」と科学者らが報告します。
これを根拠に、政府は翌年には安全宣言を出しました。
ジョン・ガマー農業大臣(当時)が娘と笑顔でビーフバーガーを食べる安全PR写真はとても有名です(ネットで「john gummer burger」と検索するとすぐに出てきます)。
しかし、感染は収まらず、最終的に18万頭が感染。さらに、人への感染が見つかりました。
BSE感染牛の摂取によるとされる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病です。
政府は、新たに調査委員会を設置します。
その報告によれば、サウスウッド委員会は科学だけでなく、畜産業界への配慮といった社会的、経済的、政治的な判断にも踏み込まなければなりませんでした。
当時はBSEの原因や人間への感染可能性は不確実であったにも関わらず、科学的に発言可能なことに限って発言することができなくなっていたのです。
そして「人への感染はありそうにない」(ないとは言っていない)としてしまいました。
ただ、報告書には、
「BSEが人間の健康に何らかの影響を与えることはほとんど考えられない。
しかしながら、こうした評価が誤っていれば、結果は非常に深刻なものとなるだろう」
という但し書きがあったのです。
しかし、それを見逃した政治家らによって、安全宣言が出されてしまいました。恐ろしいことです。
コロナ禍にある我々はBSE問題から学ぶことが多いのではないでしょうか。
BSE問題がイギリス社会に与えた影響は相当なもので、政府や科学への信頼回復のため、様々な策が講じられました。その一つに「PUSは継続すべきだが、新しい対話型の科学コミュニケーションが必要」とあり、イギリスの科学コミュニケーション政策が大きく転回していきます。
1998年には、科学を再び文化の中に戻すべく「サイエンスカフェ」が始まりました。
研究者と市民が対等に対話議論できることを重視した場で、「研究者から市民への一方通行の説明とならないようにする」などいくつかのルールがあります。
ちなみに、日本のサイエンスカフェは、前述したようなものと違って、先生の講演をありがたく聞くようなお茶会であることが少なくありません。
科学コミュニケーションって、国策なんです
イギリスから遅れて、1995年に日本にも科学コミュニケーションが入ってきました。
おそらくご存知ない方が多いと思うのですが、科学コミュニケーションって国策なんです。
1995年、日本では二つの大きな事件が起きました。
一つは阪神淡路大震災。もう一つは地下鉄サリン事件です。
私の自宅も全壊した阪神淡路大震災では、震度7でも倒れないと言われていた阪神高速道路が崩壊。日本の科学技術安全神話の崩壊でもありました。
地下鉄サリン事件では、日本の最高学府で科学を学んだ人たちがその知識と技術を用いて殺人テロを実行しました。科学者への信頼の崩壊です。
この二つの事件によって崩れ去った日本の科学技術への信頼をなんとか回復しようと、科学コミュニケーション政策推進へとつながっていきます。