2025.6.15
ヴィンテージマンションの総会がまるで日曜劇場! 臨場感がヤバすぎるノンフィクションの作り方【新庄耕×栗田シメイ対談】
今回は、今年3月に『ルポ秀和幡ヶ谷レジデンス』を上梓した、栗田シメイさんとの対談をお届けします。渋谷区一等地のヴィンテージマンションを舞台に、1200日にもつれた住民と管理組合の闘争はなぜ起こったのか。騒動の裏側に迫りつつ、両者が執筆のスタンスや作風について自論を交わします。
(構成=佐藤隼秀、写真=種子貴之)

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マンション内には54台の防犯カメラ
新庄 実は、2022年に、秀和幡ヶ谷レジデンスに内見を申し込んだことがあるんです。昔からヴィンテージマンションが好きで、興味本位で調べていたら募集がかかっており、賃料もかなり良心的だったので応募したんです。
当時から、管理組合がマンション自治を独裁しているという悪評は有名で、洗濯物をベランダに干せない等の謎ルールがあると耳にしていました。実態も気になり、不動産会社に管理体制について問い合わせたところ、「理事会のメンバーが一新されたので問題ない」と返ってきたんです。
結局、契約には至らなかったのですが、それ以降も秀和幡ヶ谷レジデンスの内情は気になっていました。それで今日はぜひ、栗田さんにお話を伺ってみたいなと。
栗田 ありがとうございます。旧理事会が交代したのは2021年11月なので、新庄さんが内見したのは新体制が発足して間もない頃ですね。ちょうどリノベーションの申し込みが盛んだった時期ではないでしょうか。
旧理事会が実権を握っていた時代は、賃料が周辺相場の3~4割安いにもかかわらず、入居者が集まらないほど悪名高かったと聞きます。「平日17時以降や土日は介護事業者やベビーシッターの出入り禁止」「区分所有者が賃貸として貸し出す際に外国人や高齢者は却下される」「身内や知人を宿泊させると転入出費用で1万円を請求される」などの独自ルールに加え、マンション内は54台の防犯カメラによる監視体制が敷かれ、18年には管理費や修繕費の値上げも求められた。こうした状況からネット上では「渋谷の北朝鮮」と揶揄されていました。
新庄 著書には、住民と管理組合の闘いが1200日にも及んだとありますが、まさかそこまでの消耗戦だとは思わなかったですね。少なくとも自分なら売却して引越すだろうなと。
栗田 おそらく自分もそうしてますね。住民と管理組合間でのトラブルはよく耳にしますが、秀和幡ヶ谷レジデンスに関しては、区分所有者だけでなく、賃貸の居住者ですら反発しているのが深刻さを物語っていました。
それから住民の多くが、秀和幡ヶ谷レジデンスに愛着を抱いていた事も、長期戦にもつれた一因と見ています。人気や価値が高い秀和ブランドだからこそ、住民らの執着も強かったはずで、実際に取材した住民の半数近くは熱烈なファンでした。
特に、秀和幡ヶ谷レジデンスは60代の居住者が多く、働き盛りの時期がバブル期と被っています。当時は賃料の高さゆえ購入を見送る経験をし、長く時間が経ってから契約された方もいて、それだけマンションへの憧れや思い出補正も強かったのではないでしょうか。
新庄 途中から、住民たちの一部は、匿名から実名への活動に切り替えていますよね。過去にも管理組合への反対運動が起こった際、見返りとして嫌がらせを受けた住民もいたなか、相当な覚悟が感じられます。
栗田 匿名解除は活動の透明性が増して効果的だった一方、実名で真っ向から戦うリスクは大きかったはずです。住民運動を主導してきた中には、途中で亡くなられたり、体を壊されたりした人もいらっしゃったので、相当な心理的負担がかかっていたことが窺えます。

地味なテーマで臨場感を持たせる技術
新庄 住民活動の苦労を知ると、役員交代が実った総会のシーンは、非常に臨場感があります。
栗田 実際は、どこのマンションでも行われている総会なんですけどね。
新庄 そうなんですよね。 冷静に考えれば、派手な場面ではないはずなのに、手に汗を握る展開で引き込まれていくのが絶妙でした。執筆時はどのような事を意識されましたか。
栗田 仰る通り、テーマ自体が地味ではあるので、全体的に人物の描き方や文体のリズムは工夫しました。担当編集とは、映像が浮かんでくるような、一気読みできるような疾走感を出そうと話していました。まさに総会のシーンは際たる場面で、住民側と理事側の掛け合いも誇張せず忠実に記したつもりです。
幸い住民たちが、議事録や総会の映像などを保管していたので、素材は十二分にありました。感情が剥き出しになった瞬間を摘み取ったほうが、読者も没入感を持って読んでくれるだろうと、鉤括弧内のセリフも極力そのまま抜粋しています。
あとは人物像を前面に出したかったので、本筋に直結しない風景や場所の描写は抑えました。執筆段階では、不要な情報を削ぎ落としていき、生々しい住民の声を詰め込むようにしました。
新庄 取材期間も長いですよね。住民や理事長に取材される時は逐一、録音を回していたんですか。
栗田 時と場合によりますが、回していないことも多かったですね。反対活動をされている方々ということもあり、どことなく圧が強い方や、逆に身バレを恐れて萎縮される方もそれなりにいました。取材として構えると本音も出づらいだろうと踏んでいたので、その辺りのアプローチは上手く運びましたね。
むしろ今作に関しては、情報の選別が大変でした。住民の皆さんも被害者意識が強いあまり、中には管理組合の悪事を誇張、吹聴する節が強い方も一部いらっしゃったんです。当然、訴訟リスクも念頭にあったので、すべての住民の声を鵜呑みにしないよう、信憑性のある事実を見極めるかに苦心しました。
新庄 情報を精査する嗅覚は、どのように培ってきたのですか。
栗田 ひとつ大きいと感じているのは、城島充さんというノンフィクション作家に師事していた経験です。近所に住んでいた縁もありお世話になっていましたが、城島さんは取材で録音に頼らず、メモもあまり取らない。 1時間半取材しても、メモは1ページにも満たないぐらいです。
つまり、取材段階で、何を引き出すべきか焦点を絞っているんですよね。例えば、過去記事や資料などの既出情報は、後から調べて加筆すればいいから多くを聞く必要はない。取材というと会話を広げて、網羅的に聞くのが定石と思いがちですが、城島さんの場合は逆なんです。相手の感情的な部分や、会話のラリーで引っかかる部分を執拗に質問する。納得するまで同じことを何度も聞く人で、そうしたスタンスは影響を受けていると感じますね。
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