2025.2.9
なぜ検察は間違ったシナリオに囚われるのか?「あなたが一番、僕の無実をわかっているはずだ」——『地面師たち』の新庄耕が角川歴彦に聞く
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拘置所の根底にある「監獄」
──本書には、「角川さん、あなたは生きている間にはここから出られませんよ。死なないと出られないんですよ」と拘置所の医師から告げられたという記述があります。本当にそんなことを言われたのかと、読んでいてショックでした。
拘置所というところは、いまでこそ刑事施設法にもとづいた刑事施設ということになっていますが、つい20年ほど前までは「監獄法」(明治41年公布)だったわけですよ。21世紀に入っているのに、監獄法ですよ。名前が変わったところでそこに勤めている看守の意識は変わらないんですよね。少し前まで「監獄」だったわけですから、いきなり「被疑者にも人権があります」と言われても看守からしたら「何言ってんだ」ってなりますよね。それを僕はこの本の中で、「拘置所の思想」という言葉を使って表現しています。拘置所の根底にあるのは昔の監獄の延長だということを、そこに入れられた人間は皆感じるわけですよ。
例えば、2002年に512日間にわたって拘置所に勾留された佐藤優さんの時代は、看守のことを「先生と呼べ」と命じられたそうです。だから、佐藤さんの著書『国家の罠』(新潮社)を読むと、「先生」という表現が出てきます。実体験のない読者は「なんで先生なんだろう」と思いますよ。佐藤優さんが出た後に、日弁連(日本弁護士連合会)が、「さすがに先生はないだろう」と抗議したんです。そうしてやっと、「先生と呼ばせるのはやめよう」ということになったわけです。
それから、今度僕が拘置所で勾留されたときは、自分の名前を言うのは駄目で、「8501番と言え」と命じてきたんですよ。僕は悔しいから、「8501、角川歴彦」と自分の名前を付け加えて言いました。これも後で、日弁連が「人の名前を番号で呼べというのは人権違反だ」と抗議したわけです。それで今現在は名前で呼ぶようになりましたが、ただこれは上っ面だけなんですよ。「拘置所の思想」は厳然と存在していて、「先生」と呼ぶことをやめても、「番号」で呼ぶことをやめても、監獄法で被疑者を見ていれば看守の態度は変わらないんです。囚人として扱う実態は変わらない。代用監獄っていわれてる留置所に入れられた人や、僕みたいに拘置所に入った人間が、毎年何万人も同じ経験してるんです。だから僕だけが特にひどい目に遭ったわけじゃないんです。

特捜部の構造的な問題
──本書に角川さんが検事とのやりとりの中で、「僕はなるべくあなたと無駄話がしたかった」と述べる場面が描かれていますが、とても印象的でした。やはり、検事と被疑者のコミュニケーションというのは難しいのでしょうか。
この本には書いていませんが、僕の担当検事は早稲田大学の政治経済学部出身です。僕も同じ大学・学部なんですよ。早稲田の政経を出ていれば、僕と同じかそれ以上の教養があってもおかしくないと思うわけです。だからこそ、「あなたのそういうやり方は欺瞞じゃないか」、「自分自身の目で僕の事件を見てくれ」と取り調べの際に言ったわけですよ。「あなたが一番、僕の無実をわかってるはずだ」って何回も言ったんです。少なくとも一度は彼にも響いたはずですよ。「角川さん、そうですよね」って。だけど、最後には自身の籠の中というか、彼らの物語の中というか、上層部が作ったシナリオに逃げ込んでしまうわけです。この人は結局、職業検事だなと思いました。
──検事ひとりひとりの資質というより、特捜部という組織やシステムの問題のようにも見えます。
これはもう制度疲労ですね。もともと、特捜部が「国策捜査」としてターゲットにさだめたのは、まず初めに政治家だったわけです。田中角栄さんを捕まえるとかですね。
それから政治家がだんだん小粒化して捕まえがいがなくなると、今度は官僚に行ったわけですね。外務省の役人だった佐藤優さんがそうです。それと、郵便不正・厚生労働省元局長事件の村木厚子さん。村木さんは冤罪被害に遭いましたが、彼女が幸福だったのは、最後に事務次官までのぼりつめたことです。いかに厚労省が彼女を守ったかですよ。そして官僚もいなくなると、今度は民間人になってきたんですね。
──ライブドア事件の堀江貴文さんとか。
そうです。例えばテレビという通信放送事業者は、体制に弱いじゃないですか。放送法に守られていて。そうすると放送法に立ち入ってきた堀江さんなんかは、成り上がりとして特捜部は捕まえようとするわけです。
それから、村上ファンドの村上世彰さんもそうです。エスタブリッシュメントの大企業の株を次々に買ってメスを入れるファンドの今の在り方を先取りした人でしたが、村上さんも目に余るとして捕まえると。そうやって自分たちの手柄をとるために、だんだん政治家対策だったものが官僚に行き、官僚の次は民間人になってきているわけですね。
──ライブドア事件のときは、いわゆる国策捜査という言葉も出てきましたけど、角川さんの場合も国策捜査のような意図は感じられましたか。
検事に直接言われましたね。「角川さんは国策捜査の対象になったんですよ」って。本当は政治家を捕まえることを目的としていた手段としての組織が、しだいに組織それ自体が目的化されて、手柄をあげようと無理をしなくてはならなくなる。新しくポストについた組織の人間は、まだ実績がないから、なんとかして実績を上げようとして焦るわけですから。
──組織の論理や評価システムでがんじがらめになっている印象を受けます。
だからこそ、今そこに立ち入らなければいけないと思います。
こないだ、朝日新聞が袴田冤罪事件の無罪判決をうけて、「検察を信用できますか、信用できませんか」とアンケートを実施しました。これ朝日もよくやったなと思うけど、そしたら69%の市井の人が検察を信用できないっていうんですよ。この69%の世論で検察を変えなきゃいけないんですよ。
もっとも、希望がないわけではありません。社会派の話題作をいくつも成功させてきた映画プロデューサーの河村光庸さんは、『宮本から君へ』を手掛けた際に、文化庁の助成金1千万円が出演俳優の不祥事を理由にストップされたんですね。そのとき河村さんは、「それは憲法違反だ」「表現の自由の侵害だ」と立ち上がったんです。河村さんは、一生懸命理解してくれる弁護士の所を回って、その中の憲法を研究している一人の弁護士が「手弁当でいいから一緒に表現の自由のために戦おう」と言って、最後は最高裁で判事4人全員が「表現の自由の侵害だ」だと言って勝つんです。その判事のうちの一人は元検事長なんですよ。
──ひとりひとり見れば、そういう方もいらっしゃる。
そうです。先ほど触れた村木厚子さんは事件後に検事総長と面会しましたが、そこで彼女は「ひどいじゃないですか」と言ったそうです。そうしたらその検事総長は「僕は抑えようと思ったんだけど組織を抑えきれなかったんだ」と。こういうことを言える検事もいるわけです。
──角川さんは、現在、人質司法を違憲として裁判を起こされていますよね。
2024年6月27日に東京地方裁判所に訴えたわけですね。刑事裁判において僕は被告でしたけど、今度の人権裁判では僕が原告で国が被告なんですよ。つまり、国と戦っているわけなんです。人質司法を直したいっていうのが僕の目的です。お金じゃありません。ドイツやフランス、韓国といった国には憲法裁判所があって、そこで憲法裁判が行えるけれど、日本にはないんです。だから、日本で人質司法の違法性を問おうとすると、国に慰謝料を求める国家賠償請求の形しかない。それは今、国賠法で国を訴えている山岸忍さんも同じです。彼だって別に勝ってお金が欲しいわけじゃない。僕たちは社会を変えたいんです。

初公判を傍聴して(新庄耕)
2025年1月10日、東京地方裁判所で角川歴彦氏を原告とする人権裁判がはじまった。私は裁判所におもむき、103号法廷の傍聴席から、その第一回口頭弁論の様子を見届けた。
傍聴席の最前列に腰掛けると、九名におよぶ原告側弁護団が続々と入廷し、それから少し遅れて角川氏が原告席についた。氏は落ち着いた様子で、その表情は私のインタビューに応じていたときと同様おだやかに映る。私が氏に視線をそそいでいると、傍聴席にいるこちらの存在に気づき、感謝の意を示すようにそっと会釈を返してきた。
裁判は、原告の意見陳述によって口火を切られた。最初に起立した村山浩昭弁護士が、裁判の目的・意義について述べたのち、弘中惇一郎弁護士、伊藤真弁護士、海渡雄一弁護士が順に意見していく。いずれも気迫のにじむ語勢で、準備を尽くしてきたことがうかがえる説得性に富んだ主張だった。
海渡弁護士の陳述中、隣席の伊藤弁護士がなにかに気付いたようにさっと表情をこわばらせ、むかいの被告席をにらみつけながらメモをとりはじめた。見れば、被告席にならぶ二人の女性検事が手元の資料をめくりながらしきりに薄笑いを口元に浮かべている。ふたたび視線を原告側にもどすと、角川氏は動揺する様子もなく泰然と正面に顔をむけていた。
やがて四名の代理人陳述が終わり、原告の前にマイクが置かれた。眼鏡をかけた角川氏が書面に目を落とし、おもむろに読み上げていく。代理人のそれとは対照的に語り口は訥々としていて、それがむしろ、氏が胸にしまい込んでいた無念の深淵さを物語っているように聞こえた。なぜ、メディアの前で無実を訴えただけで逮捕されなければならなかったのか。
なぜ、人権無視のはなはだしい拘置所に放り込まれなければならなかったのか。なぜ、人生の大半を費やしてきた会社を辞めなければならなかったのか。なぜ、死の危険を感じなければならなかったのか。なぜ──。
時折声を詰まらせながら、廷内に重々しくひびきわたる氏の問いかけが、閉廷後も私の心の奥底でいんいんと反響していた。
(了)

この国はいつまで「人権後進国」なのか?
国家を相手に「人質司法」が憲法違反であると訴訟を起こす!
東京五輪をめぐる汚職疑惑による突然の逮捕から、起訴、長期勾留、保釈に至るまで、私の基本的人権と尊厳は侵害され続けた──。
226日もの長きにわたり勾留され、日本の刑事司法の闇である「人質司法」を骨身で知ることになった著者。
自らが体験した、拷問とも呼べる「人質司法」の非人道性、違法性を広く世に問う。
書籍の詳細はこちらから。
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