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なぜ検察は間違ったシナリオに囚われるのか?「あなたが一番、僕の無実をわかっているはずだ」——『地面師たち』の新庄耕が角川歴彦に聞く

Netflixシリーズ『地面師たち』の原作で知られる作家・新庄耕さんが、様々な事象や事件を取材する不定期連載。
今回は、2022年に東京地検特捜部により逮捕され、226日間も勾留された、KADOKAWA元会長・角川歴彦さんへのインタビューです。

(聞き手・構成・文責=新庄耕、写真=種子貴之)
かどかわ・つぐひこ/1943年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、66年角川書店入社。情報誌やライトノベルなど新規事業を立ち上げ、メディアミックスを推進。角川書店社長、角川グループホールディングス会長、KADOKAWA会長などを歴任。現在、角川文化振興財団名誉会長。著書に『躍進するコンテンツ、淘汰されるメディア』など。
かどかわ・つぐひこ/1943年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、66年角川書店入社。情報誌やライトノベルなど新規事業を立ち上げ、メディアミックスを推進。角川書店社長、角川グループホールディングス会長、KADOKAWA会長などを歴任。現在、角川文化振興財団名誉会長。著書に『躍進するコンテンツ、淘汰されるメディア』など。

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 ある日とつぜん、身に覚えのない咎で国家によって長期にわたって自由を奪われ、人権を侵害するような不当な扱いを受けた挙げ句、60年余りという生涯の大半を築きあげてきた現実の社会との接点を失ってしまう。そこで受ける当人の衝撃の大きさとはいかほどか。ましてや、日本有数の総合メディア企業の創業一族であり、グループを長らく牽引してきたトップの場合は。

 ☆

 2022年9月、当時東証一部上場企業であるKADOKAWAの取締役会長だった角川歴彦氏は、東京五輪をめぐる汚職事件において贈賄の容疑で東京地検特捜部に逮捕・起訴された。226日間にわたって東京拘置所で勾留され、その間、会長職と取締役を辞任。2023年4月、4度目の保釈請求が認められて保釈された。

 2024年、『人間の証明』(リトルモア)を出版し、人質司法の非人道性と違法性をひろく世に訴える。現在、角川氏は刑事裁判で被告として無罪を訴えるとともに、民事裁判で原告として人質司法が憲法違反であると公共訴訟を起こしている。

独房で詠まれた句

──本書『人間の証明』では、逮捕前後の経緯にくわえ、226日にわたる長い拘置所生活での角川さんの心境がありのままに述べられている印象を受けます。とりわけ、独房で角川さんが詠まれたという「獄窓の冴ゆる冬月我のもの」という句は、心を動かされました。暖房の効かない単独房で震え、持病の不整脈に苦しみ、命の危険を感じながらも句を詠まれたのですね。

 窓を覆う柵フェンスのわずかな隙間から満月が見えたんです。本当に偶然ですよね。月の運行が重なっていなければ、見えませんでしたから。よくある大きな窓から見えているのではなくて、獄窓の隙間から見えた風景だからこそ、「この一瞬だけこの月は僕のものだ」と思えたわけです。「我のもの」っていうのはすごく感情的で嫌だなと感じながらも、だけどそのときはまさしく「我のもの」だったんです。本当にそういう境地でした。身ぐるみ剥がされてなにも持っていないわけですから。

──拘置所で勾留されている間に、KADOKAWAでの役職もすべて辞職されたということですが。

 元々10年以上前に代表権を返上していました。残っていた会長を辞めたんですよね。それから役員を辞めました。取締役はご存じのとおり株主総会決議事項ですから、どんなことがあっても六月の株主総会までは誰の意思にも侵されない立場ですが、取締役の場合には出席率というのが必ず有価証券報告書に掲載されて、3回欠席すると株主総会のときにそれぞれの取締役に否認するかどうかという決議をとるわけです。拘置所で勾留されている以上、年内に保釈されないのであれば3回欠席するのは避けられない。ならばそこに居座るべきではないと思い、自分から辞める決断をしました。

──角川さんは保釈請求を三度却下されています。

 保釈の請求というのは、拘置所等に勾留されたすべての被告人が有する当たり前の権利であり、有罪判決がくだされるまで原則保釈は認められるべきです。しかし、人との接触を制限し、通信手段ももたないといったように社会的存在であることを放棄しないと裁判所は保釈の対象にしないわけです。検察の捜査手法にしても同様で、拘置所でこちらの服を脱がせて裸にして、それから社会的立場を裸にして、そうして自白させようとするわけです。大概の経営者は、会長を辞めて取締役を辞めれば、裸にされたと思うわけで、そうなるとどうしても身に覚えがなく意に沿わなくとも検察のシナリオ通りの自白の方へ心がかたむいてしまう。

新庄耕氏
新庄耕氏

元プレサンス社長・山岸忍氏との共通点

──角川さんが勾留中に読んで心に響いた本の中に『負けへんで! 東証一部上場企業社長vs地検特捜部』(文藝春秋)が挙げられていますが、大阪地検特捜部に逮捕され、のちに無罪判決となった山岸忍さんも、拘置所に勾留中に、創業したプレサンスコーポレーションの社長を辞任しました。

 僕の場合、父(角川源義)が会社を創業して兄(角川春樹)が継承して、そのあと僕が経営者になったわけです。対して山岸さんは、自分で一から立ち上げて上場したわけですから、それはもう山岸さんの方がかわいそうです。しかも、自分の会社がライバル会社のものになってしまうわけですから。山岸さんの本の一番の泣きどころはそこです。ライバル会社だからこそ、自分の会社の価値を分かってくれると思って託す。そこがやっぱり経営者なんですよ。ライバルには売りたくないっていうのが人情じゃないですか。でも、ライバルだからこそ自分の会社を評価してくれるって思うのは、紛う方なき経営者だからなんです。本当に泣けるところですね。

 はっきり言うと、プレサンスコーポレーションという大阪一部上場の新興企業の社長さんを潰すことが検察のシナリオになっているわけです。目的なんです。金ボシになるのです。世間を驚かせることができれば、それが自分たちの出世の価値になり、実績になるわけですから。「山岸さんのようなたたき上げの人物は何か悪いことをやってるに違いない」と考えてそこからシナリオを書くわけです。最初からオチが決まっているんですね。

──角川さんの場合も、そうしたシナリオがあったということでしょうか。

「叩けば埃が出てくるだろう」と検察が考えた点では、僕も同じです。KADOKAWAがこれだけ急速に大きくなり、彼らの言葉を借りれば角川歴彦はのし上がってきたんだから、きっと裏に何かあるだろうと検察は踏んだのでしょう。携帯電話を取り上げてパソコンを見れば、なにかしら出てくるだろう、と。僕は政治家とお付き合いがありますが、もちろんそこにやましい関係はなにもありません。でも検察はそこだけを見て、「これはなんで付き合ったんですか」と目の色を変えるわけですよ。ところが、どれだけ調べても汚職の事実はなにも出てこなかった。そこで検察は身柄を拘束して自由を奪い、シナリオに沿って自白をせまるわけです。これが「人質司法」の実態です。人質というものは一般に自分ではない誰かを拘束して相手側が要求してきます。対して人質司法の場合では自分自身が人質となるわけです。

──最近の冤罪事件として知られる大川原化工機事件でも、不当に長期勾留された影響で関係者が犠牲になっています。

 100人足らずの零細企業で作ってたものが、中国で生体、命を奪う武器に転用されてるなんて、本当にいちゃもんですよ。それと冤罪といえば、袴田事件ですよね。やっぱり袴田さんに対して「ボクサー崩れ」という偏見を警察や検察が強く持っていた。「ボクサー崩れ」って本当にひどい言葉です。差別用語なんですよ。差別の陰には「人権の侵害」があるということなんです。差別は必ず、人権、基本的人権の侵害なんですよ。人質司法も、根底には人権侵害があります。それがなかなか、日本人は「人権」っていうものに理解が及ばないんですよね。

 人権っていう言葉は「ヒューマンライツ」の翻訳語ですから。憲法に書かれている基本的人権というのも、「ファンダメンタルヒューマンライツ」を翻訳したものです。それゆえ憲法ができるまで基本的人権という言葉自体が、日本にはなかったんですよ。

──角川さんの著書を読んで、「人質司法」を助長するような新聞・テレビの問題点も考えさせられました。

 その通りです。検察の発表を鵜吞みにして、マスメディアが犯人扱いしてくる。これが人質司法のもう一つの側面です。

──検察がマスメディアに情報をリークした箇所ですね。「上の人がやっちゃったんですよ、本当に悪かった」と担当検事が角川さんに弁解しているとあります。

 日本には記者クラブ制度というものがありますが、そこにいる新聞記者というのは、当局からリークしてもらうことを自分たちのよりどころにしてるような人たちです。つまり第二次世界大戦中の大本営発表と同じ構造なんですよ。検事の、この人が犯人だぞっていう大本営発表をうのみにして書くのが新聞記者ですから。その意味で、新聞記者は80年前の戦争中とほとんど変わらないんですよ。

 ですから僕は、「週刊文春」、「週刊新潮」、「週刊ポスト」、「週刊現代」といった週刊誌っていうのはやっぱり社会に必要なんだと思います。もちろん週刊誌の記者も間違えることは多々あるでしょう。けれども、大手新聞の対岸に必ずいてくれるメディアなわけですから。

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新刊紹介

新庄耕

しんじょう・こう
1983年京都府生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年『狭小邸宅』ですばる文学賞受賞。著書に『ニューカルマ』『カトク 過重労働撲滅特別対策班』『サーラレーオ』『地面師たち』『夏が破れる』など。最新刊は『地面師たち ファイナル・ベッツ』。

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