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二宮寿朗「1980年生まれ。戦い続けるアスリート」
不惑が間近に迫る年齢になりつつも、変わらず戦い続ける1980年生まれのアスリートたちの人生に、スポーツライター二宮寿朗氏が迫るこの連載。サッカー中村憲剛選手に続く、2人目のアスリートは日本人初のNBAプレーヤー、リンク栃木ブレックス所属のプロバスケットボール田臥勇太選手!初回は史上初の「9冠」を達成した高校時代、2回目はNBAプレイヤーになる直前までの歩み。3回目は日本人初のNBAプレイヤーとなってから日本復帰までのストーリーを伝えてきました。今回は最終回! いまBリーグで最も熱く盛り上がっているチームのひとつ、栃木ブレックスとのストーリーです。

田臥勇太は言い切る!「バスケと真摯に向き合い続け、成長していきたい」

宇都宮にきて10年。Bリーグの初代王者にもなった。(撮影/熊谷貫)
宇都宮にきて10年。Bリーグの初代王者にもなった。(撮影/熊谷貫)

ブレックスで盛り上がる栃木の熱狂の中心には、やはり田臥がいる

宇都宮には、栃木にはブレックスがある。

宇都宮駅を降りてブレックスアリーナに向かう途中、TSUTAYAに貼り出されたチームの巨大バナーが目を引く。その中心に、ドリブルで向かってきそうな迫力の田臥勇太がいる。
眺めていると年配のタクシーの運転手さんがちょっと嬉しそうに言った。

「宇都宮はバスケットボールの街ですよ。凄い人気になりまして体育館(アリーナ)はいつも満員だとか。やっぱり田臥さんがすごいんでしょうね」

ブレックスのカラーはNBAインディアナ・ペイサーズを踏襲したイエローとネイビー。インディアナは栃木県の姉妹提携州であり、チームの公式サイトによれば「NBAのプレーやエンターテインメントを手本としたい」とある。
ブレックスカラーの自動販売機、のぼり旗、ポスター。この町にブレックスが根付いていることはよく分かる。

Bリーグ開幕の2016~17年シーズンで初代王者となり、田臥の存在感は際立っていた。彼は今なおブレックスのみならず、Bリーグ全体の顔であり続けている。リーグ発足3年目18~19シーズンは腰痛の影響でベンチから見守る時期が続いているが、背番号「0」の本格的な復帰を誰もが待ちわびている。

NBA挑戦を“マイナールート”から“日本ルート”へ――。田臥が宇都宮にたどり着いたのは10年前、2008年夏だった。

宇都宮にまだ「バスケットボールの街」の香りも漂っていなかった時期。アメリカから帰国した田臥のモチベーションは下がるどころか、むしろ上がっていた。

「ブレックスが(2部から)トップのリーグに上がって1年目。新しいチームで新しいチャレンジをすることにやりがいを感じていました。アメリカだろうが日本だろうが、バスケはバスケ。これまで栃木に来たことはなかったし、日本のバスケも見ていなかったのでいろいろな刺激もありました。

(日本復帰は)僕にとって凄く前向きなものでした。むしろ下手なプレーができないと思ったし、観てくれる人に『アメリカに行って成長したんだ、うまくなったんだ』と思ってもらうためにも、はっきり示さなきゃいけない。まあそれは(10年経った)今も変わっていないんですけどね」

イチからのスタートではない。ゼロからのスタート。その思いで「0」を背にまとうことに決めた。

「(アメリカを)変に引きずるんじゃなくて、挑戦をつないでいきたかった。初心に戻って、目標に向かっていく。しっかりプライドを持って」

好きな言葉は「Never Too Late」(遅すぎることはない)。自著のタイトルにもつけ、座右の銘としている。27歳からの“ゼロスタート”は、決して遅すぎることではない。己の信念に照らし合わせても、腕をぶす彼がいた。

2008~09年シーズン、ブレックスは5位にとどまってプレーオフ進出はならなかった。しかし奮闘した田臥はアシスト、スティールと2項目でリーグトップの成績を残した。「成長した、うまくなった」を日本のファンに証明した。

“日本ルート”の挑戦は、NBAにも届いた。2006年にサマーリーグに参加したダラス・マーベリックスのミニキャンプに呼ばれた。当時指導してくれたドニー・ネルソンがGMに就任し、田臥のことを気に掛けてくれていた。満を持しての渡米。しかしキャンプ本番前に右かかとを痛めてしまい、次に進むことはできなかった。

失意は想像に難くない。だが一方ですぐに切り替えることの大切さを5年間のアメリカ生活で学んできた。

「そこで立ち止まってしまったら次のチャンスをもらえなくなりますから。アメリカでも、いつどんなチャンスがもらえるか分からないっていう日常でした。マイナーリーグで一緒に練習していた選手が(NBAに)きょう呼ばれて明日から行っちゃうとか、そういう世界だったので。挑戦を止めてしまったら、お呼びも掛からない。日本でもずっと同じ感覚でやっています。NBAの関係者が栃木の試合を見に来てくれるかもしれないし、こういう時代なのでインターネットでチェックしてくれているかもしれない。立ち止まっている時間なんてないですね」

挑戦を止めない――
ブレックスに田臥あり。2009~10年シーズンでJBL初優勝を遂げ、プレーオフの最優秀選手にも輝いた。日本代表の中心選手として活躍し、2013~14年シーズンからのNBL時代でもアシスト王、ベストファイブなどを獲得している。

(次ページに続く)

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二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、スポーツ報知にて「週刊文蹴」(毎週金曜日)、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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