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二宮寿朗「1980年生まれ。戦い続けるアスリート」
スポーツライター二宮寿朗氏が、不惑が迫りながらも、変わらず戦い続ける1980年生まれのアスリートたちの人生に迫る連載。川崎フロンターレ中村憲剛選手の第3回目です。初回はプロになるまでの軌跡、2回目は進化し続けるプレイの理由を紹介。そして今回は、クラブ、チーム、サポーターとともに16年間、人気も実力も成長させてきた中村選手のコミュニケーションの話。クラブを会社、チームを各部署、キャプテンを部課長、などと置き換えれば、きっと多くのみなさんのヒントにもなるはずです。

クラブ、チーム、地域を成長させる中村憲剛のコミュニケーション論

「勝つだけでもダメだと、フロンターレに来て気づいた」。スタジアムを率先して盛り上げることには確固たる信念がある。(撮影/熊谷貫)
「勝つだけでもダメだと、フロンターレに来て気づいた」。スタジアムを率先して盛り上げることには確固たる信念がある。(撮影/熊谷貫)

サポーターとの距離感は自分たち次第。一緒になって盛り上がるのが好き

ゴールが決まると、中村憲剛はサポーターの待つスタンドに一直線に向かう。
左から右へと指を指す。“儀式”の始まりだ。
左手を挙げて、上、中、下。スタンドからは「B(ボク)」「K(川崎の)」「B(バンディエラ=旗頭)」の声。
一度体を前に倒してから、一気に体を起こしてバーンとばかりに両腕を開く。
お笑い芸人、バイク川崎バイクのネタをモチーフにした中村のゴールセレブレーション2018年バージョン。コーナーフラッグを使った「ひょっこりはん」など小ネタまで入れてきては、笑いを誘う。
兎にも角にも、盛り上げ上手。
ファン、サポーターの目を意識し、一緒になって喜びを分かち合おうとする。

川崎フロンターレひと筋16年。
今季、ホームの等々力競技場には1試合平均2万3000人を超えるお客さんが集まった。
中村が2003年に入団した当初は今のようにどの試合も満杯ではなく、空席が目立っていた。お客さんは3000人から5000人程度、ひと言で表現するなら「ガラガラ」。クラブはイベントやアトラクション、グルメなどを充実させて試合以外でも楽しめる環境をつくって、お客さんを集めようと必死だった。

故・西城秀樹さんのYMCAショーなども毎年の恒例。あの手この手でファン、サポーターを引き込んでいく。選手も積極的にPR活動やホームタウン活動に参加していくなかで中村は「せっかく試合を見に来てくれた人をどう喜ばすか」を考えるようになった。イベント出演などクラブスタッフから協力を依頼されたら、可能な限り引き受けるようにしてきた。フロンターレを盛り上げたいと意気込むスタッフの思いに、出来るだけ応えようとしてきた。

彼は昔の光景を思い起こしながら語り始める。

「やっぱりプロのサッカー選手ですから、満員のスタジアムで試合やりたいですよ。でもお客さんが少なくて“どうすればいいんだ”っていう思いがみんなにあって……。試合に勝つことはもちろんなんですけど、勝つだけでもダメだなっていうのはフロンターレに来て気づいたこと。まずはピッチ内で自分たちがサッカーを楽しむこと、そしてピッチ外でもやれることをやっていくということ。地域の人と一緒になってみんなで盛り上がっていくことを目指してきて、僕も積極的にいろいろとやらせてもらってきた。今日は楽しかったなってスタジアムから帰ってもらえるのが一番だと思うので」

プロのサッカー選手は、憧れの存在じゃなきゃいけない。
中学生のときに始まったJリーグ。中村少年の心に焼きついたのはカズこと三浦知良の“カッコ良さ”であった。

「ゴールを決めたときに出るカズダンスを見て、もう衝撃でしたね。脳裏にこびりつきましたもん、一瞬で。MVPに選ばれたJリーグアウォーズのときも、風船がバーンって弾けて登場したじゃないですか。今でも凄く僕の記憶に残っている。僕たちサッカー選手の仕事って、ピッチのなかで完結できるもの。でも僕としてはカズさんのように記憶に焼き付けたい。記録だけじゃなくて記憶も。小さい子から“いいな”って思ってもらえるような、喜んでもらえるようなことをやりたい。“ああいう人いたよね”って覚えてもらったら嬉しい。

サポーターとの距離感というのは、自分たち次第。応援する側、される側で分けるんじゃなくて、僕は一緒になって盛り上がるのが好き。BKBもノボリ(登里享平)が考えてくれたんですけど、彼が言うには分かりやすさと爆発力だと。なるほど、と(笑)」

爆発的に盛り上がれそうなもの。BKBパフォーマンスはかくして誕生したのだった。

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二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、スポーツ報知にて「週刊文蹴」(毎週金曜日)、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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