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変化する宇宙飛行士の素質や仕事。宇宙船の操縦技術よりも 「宇宙で何したい?」が問われる時代へ【若田光一さん×佐々木亮さん特別対談/後編】

佐々木 AIやロボットなど新しい技術の登場は、宇宙飛行士の仕事をどう変えていくと思いますか。

若田 2022から2023年にかけてISSに長期滞在したときは、SpaceXのクルードラゴン宇宙船で地上とISSを往復しました。このクルードラゴン宇宙船は操縦が高度に自動化されていて、船内には操縦桿すらないんですよ。

このフライトでは打ち上げられてからISSにドッキングするまで29時間ほどかかりましたが、搭乗する4名の宇宙飛行士が全員同時に数時間に渡って睡眠をとることもできました。これは、スペースシャトルやソユーズ宇宙船では、とてもありえなかったことです。

スペースXのクルードラゴン宇宙船でトレーニングをする若田さん 画像提供:NASA
スペースXのクルードラゴン宇宙船でトレーニングをする若田さん 画像提供:NASA

若田 クルードラゴン宇宙船の開発や運用にAIがどこまで使われているのかは分かりませんが、宇宙開発のプロセスはどんどん自動化され、最新技術が取り込まれています。自動車と同じように、宇宙船も「目的地に行って帰る」ことがよりスムーズになり、かつては人の手が必要だった操縦も次第に不要になってきています。

そうなると、「宇宙に行って何をするか」がより重要になってくるわけです。実際に、SpaceXでの訓練は非常にコンパクトになってきています。私たちは、宇宙での実験や船外活動など、実際に手動で行うべき仕事に関して集中した訓練を受けました。自動化が進むことで、ルーチン化した作業等は機械に任せ、人間は「人にしかできない仕事」に集中できるようになる。そういう時代に入ってきていると感じます。

もう一つ大きな変化として、宇宙飛行士のあり方が変わりつつあります。Axiom Spaceの民間宇宙飛行もすでに3回行われ、6月には4回目のミッションが実施されました。その参加者には、各国の宇宙機関の宇宙飛行士もいれば、高額な費用を支払って宇宙に行く民間人もいます。今後は、「生涯宇宙飛行士」として働く人は少なくなり、特定の目的で短期間訓練を受け、宇宙に行き、また地上の仕事に戻る。そんな形が一般的になってくるでしょうね。

まるで航空機のパイロットと乗客の関係のように、宇宙へ行く人の目的も多様化すると思います。ビジネス、研究、観光など、さまざまな理由で宇宙を訪れる人が増え、宇宙飛行士という職業の定義も変わっていくはずです。
一方で、月や火星といった、まだ人類がほとんど足を踏み入れていない領域では、完全な自動化は難しく、引き続き「職業宇宙飛行士」が必要とされるでしょう。

だからこそ、もはや「宇宙飛行士」というよりも、「どのように宇宙に行き、何をしたか」が重要になってくる時代です。そして、その流れを支えるのが、AIや自動化技術の進化なのだと思います。

佐々木 具体的にはどんな専門性を持った人材がより重要視されていくと思いますか。

若田 パイロットとしての人間機械系システム運用能力は、これからも必要とされ続けると思います。
宇宙飛行士にはパイロットや技術者のみならず、生物学や地質学等の科学者や医師などさまざまなバックグラウンドの人がいますが、NASAの宇宙飛行士訓練では、専門性に関わらず全員がNASAのT-38高性能ジェット練習機で航空機操縦訓練を受けます。
私も約1,400時間以上の操縦訓練を行いましたが、これは単に操縦技術を身につけるためではなく、状況判断力、コミュニケーション能力、そして緊急時の対応能力等を習得して維持するために行われています。
実は、こうした能力を効率よく身につける方法の一つが、航空機の操縦なんです。昨年12月にはAxiom Spaceの宇宙飛行士としてイタリア空軍の新型ジェット練習機による操縦訓練を行いました。民間宇宙飛行士にとっても航空機操縦による宇宙飛行準備訓練は重要だと考えています。

一方で、宇宙飛行士のバックグラウンドは多様化しています。テストパイロットは今後も必要ですが、生物学、物理学、地質学、惑星科学など、さまざまな分野の科学者、機械、情報、電気、航空宇宙等様々な分野の技術者が宇宙で活躍しています。
さらに、医師や医学の専門家なども有人宇宙活動の推進には不可欠です。重要なのは、特定の専門分野に偏るのではなく、幅広いバックグラウンドを持つ人々がチームの活動を支えてくれることです。異なる専門性、知識や経験を持つメンバーが協力することで、宇宙ミッションにおける様々な課題解決、ミッション成功に繋がると思います。

佐々木 なるほど……!僕もいつか宇宙に行く道につながる仕事ができるといいなと思っています。

若田 ぜひ佐々木さんも宇宙に行っていただいたいですね。それができる時代が近づいてきています。繰り返しますが、重要なのは「宇宙に行きたい」よりも「宇宙で何をしたいか」です。
 
佐々木 ポッドキャストのリスナーとも、宇宙でどんなことをしてみたいか、たまに話しているんですよ。
 
若田 そうなんですか。ぜひそのアイデアをどんどん提案してくださいね!

完 前編はこちらから!

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新刊紹介

若田光一

わかた・こういち
2024年3月にJAXAを退職し、同4月にAxiom Spaceへ入社。現在はAxiom Space宇宙飛行士、アジア太平洋地域最高技術責任者を務める。スペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴン、国際宇宙ステーション(ISS)の4種類の宇宙船で、日本人最多の5回の宇宙飛行を実施したキャリアを持つ。

X:@Astro_Wakata

佐々木亮

ささき・りょう
理学博士。独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わり、その経験と知見を生かし、ポッドキャスト「佐々木亮の宇宙ばなし」を毎日配信している。旬の宇宙トピックスを親しみやすく解説する内容で注目を集め、Apple Podcast日本ランキング3位を達成。第3回Japan Podcast Awardsも受賞する。現在はデータサイエンティスト、中央大学講師として活動している。
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X @_ryo_astro  

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