2025.5.10
「週刊少年ジャンプ」創刊時の原点がヒントに。伝統ある集団のクリエイティブのすごみを感じた【戸部田誠『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』刊行記念インタビュー】
ロングインタビューの後編では、取材を通じてわかった「少年ジャンプ+」がヒット作を生み出す秘密や、生涯“テレビっ子”である著者本人のことなど、多角的にお伝えします。(文中敬称略)
(取材・文/唐澤和也 撮影/藤澤由加)

(前編より続く)
編集者の名前でその作品を読む〝マンガっ子〟も存在するはず
マンガとテレビ。最新作により、日本が誇る2大エンタメを描いたことになる戸部田は、読者数や視聴者数の多寡だけでなく、もうひとつの共通点を感じたと言う。それは、個ではなくチーム戦の妙。出版社やテレビ局という集団でのクリエティブの力だった。
「自分はフリーランスのライターだし独学でここまできたので、師匠がいないことがコンプレックスでもあるんです。だからこそ、憧れや羨望も含めて、ジャンプブランドの力はものすごく感じました。ご存じの方も多いと思いますし、書籍でも言及していますが、1968年に創刊された『週刊少年ジャンプ』は少年マンガ誌では後発でした。後発ゆえに人気マンガ家には描いてもらえなかった。だからこそ、発想の転換があって、新人マンガ家の発掘と育成に努めるんですけど、そのことを含む6つの編集方針が創刊後の1〜2年で既に確立されていたそうなんです。それで、マンガ誌アプリである『ジャンプ+』の編集者は(なんでこんなにジャンプはすごいんだろう?)と50年以上も前のこの原点に立ち返ったと。その原点が、新人発掘のための投稿サービス『ジャンプルーキー!』へのこだわりなどに活かされるんですけど、それって、まさに伝統の力ですよね。逆に言えば、伝統やブランド力が強いゆえのプレッシャーもとてつもなく大きいとも理解しましたが、それでもなお、伝統ある集団のクリエイティブのすごみを感じました」
いっぽうで、テレビを主語とするのなら、マンガをはじめ出版業界への少しばかりの違和感もあったと言う。クレジットである。小説やマンガの編集者の名前はクレジット表記されないことが一般的だ。『週刊少年ジャンプ』や『少年ジャンプ+』はもちろん、多くのマンガ誌やマンガ誌アプリでも同様だろう。戸部田は、テレビっ子の感覚だとその点だけが引っかかった。
「大前提として、今回の取材で、いかにマンガ編集者が大変な仕事で、重要な役割をはたしているのかを知ることができたことがあります。そもそも僕たちライターにとっての編集者だって、めちゃくちゃ重要な存在ですから。自分としては推敲してわかりやすく伝わるものをと書いているけど、最初の読者として(あ、ここがわからないんだ)と教えてくれる。文章のことだけでなく、企画の方向性もひとりでやっていると道に迷いますからね。だからこそ、編集者の名前もテレビ番組と同じようにクレジットされるべきではと個人的には感じています。出版社や編集部によってのルールや作家さんの考えもあると思います。黒子の美学があるであろうこともわかるんですけど、そういう意識はないにしてもどこか責任逃れのような気もするから。名声も得るべきだし、責任も負うべきではないかなぁと。その感覚は、僕がテレビっ子だからというのが大きいです。テレビっ子の生態として、自分がおもしろいと感じた番組は必ずクレジットを確認するんですよ。僕の場合だったら、『タモリ倶楽部』『アド街ック天国』『いかすバンド天国』などで見た温泉マークが気になって、制作会社のハウフルスとそれらの番組の演出家である菅原正豊さんの存在を知り、以後、そのマークがクレジットされる番組や菅原さんが手がけた番組をチェックしていった。だから、マンガでも編集者の名前でその作品を読んだり買ったりする〝マンガっ子〟が存在すると思うんです。」
てれびのスキマと戸部田誠の紆余曲折

デビュー作の『タモリ学』から『深夜の美学』、最新作の『王者の挑戦』まで。戸部田の興味は徹頭徹尾、人であり、挫折を含むその人物の紆余曲折だ。
戸部田自身の紆余曲折には前編でも少し触れたが、副業ライター時代の「てれびのスキマ」に注目し、自身が編集長を務める『メルマ旬報』で連載人として大抜擢したのが水道橋博士だった。また、それまでは膨大な資料を元に執筆するスタイルだったが、はじめてロングインタビューを担当することになったのが星野源だ。
戸部田がマンガでも編集者の名前をクレジットすべきと語るのは、(いまはまだ名もなき者でも面白いことを表現していれば誰かが必ず見てくれている)との自身の経験によるところも含むのかもしれない。
「専業ライターになったのは2013年なんですけど、その頃はまだ福島県のいわき市に住んでいました。大学時代の上京から時をおいて2度目の上京を決めたのは、星野さんのインタビューがきっかけなんです。2015年のことでした。僕としてははじめてのロングインタビューですから、それはもう緊張しましたよ。ところが、僕のどんな拙い質問でも、星野さんはちゃんとこちらの真意を汲み取って話してくださって会話を広げてくれたんです。(あぁ、インタビューって楽しいんだ)とはじめてのロングインタビューでそう思えたのは、かなり大きな出来事でした。それまでは、自分の書き手のスタンスとして、文章で描く対象とはフラットでいるためにも、ご本人には会わないほうがいいと思っていた。でも、星野さんのインタビューが楽しかったから、そういう仕事もしていきたいと考えて2度目の上京を決めたんです。いわき市在住だと東京でのインタビューは難しいですから」
2014年、待望のデビュー作『タモリ学 タモリにとってタモリとは何か?』発刊以来、テレビや笑いを中心に執筆を続けてきた戸部田。執筆ポリシーを問われた2019年のあるインタビューでは「絶対に譲れないのは視聴者目線でありたいということ。(中略)コンプライアンスがどうだと批評するよりも、いまもおもしろいものが作られているということを〝テレビ好き〟の目線でただ語ることが大事」と答えている。
「そんなことを言っていたんですね(笑)。でも、その思いは変わっていないです。テレビというメディアについての取材を受けると『テレビがつまらない』みたいなことを聞き手の方から言われることがあるんです。でも、そういう方があげる番組ってたいていがゴールデンの時間帯のものだったりする。僕、ゴールデンの番組をほぼ見ていないんです。偏っている。偏ってはいるけど、でも、だからこそ言い切れるのは、いまでもテレビはおもしろいということ。テレビっ子からするとベタにもほどがあるのですが、『水曜日のダウンタウン』の名探偵津田の回なんて大傑作ですから。いわゆるメタフィクション的オチになるんですけど、あれだけ入り組んでおもしろいエンタメってほかにはなかなかない。番組単位で考えても『水曜日のダウンタウン』や『有吉クイズ』が毎週観られるなんてすごいことで、あのおもしろさに対抗できるエンタメなんて、それこそマンガしかないんじゃないですかね。『週刊少年ジャンプ』は、ハイクオリティのマンガが毎週毎週読めるわけで」