2020.11.15
霊的なものを感じるとき—”事故物件”対談 松原タニシ氏×鈴木光司氏 <後編>
なぜか人を虜にする廃墟の魅力
松原 昨日、北野誠さんに、鈴木光司さんと『海の怪』の刊行記念で対談させてもらうと話したんですよ。そうしたら、山の怪談は助かる話が多いけど、海の怪談で助かった話を聞いたことがないと言っていて。山で遭難して幽霊が戻る道を教えてくれるような話はあっても、海の話は救われないから怖いって言うんですよ。それを聞いて、なんか妙に納得しました。
鈴木 山は陸だから助かるんじゃないかという希望があるけど、海は落ちた瞬間、絶望しかないからね。
松原 あと、『海の怪』に出てきた硫黄島の話も気になってました。僕の本の中でも書かせてもらった、七人みさきっていう七人組の妖怪にまつわる神社で一泊しようとしたら、自分のメガネがぽろっと取れたことがあって、そのときはなんでメガネなんだろうと思ってたんですよ。硫黄島の話もメガネを置き忘れて、買い直したメガネが割れてしまうって話でしたよね。
鈴木 眼鏡屋も、こんな割れ方をしたメガネは見たことがない、こんな割れ方はしないって言ってたらしいよ。
松原 不思議ですよね。
鈴木 硫黄島から戻ってすぐに高熱が出て、神社におはらいに行ってたな。
松原 怪談関係の人から聞いた話なんですけど、硫黄島を出港するとき船のエンジンが全然かからなくて、靴に石が挟まっていた人を降ろしたら動き出したって聞いたことがあります。
鈴木 しかも、元の場所に戻してこなくちゃいけないというルールもあるから、面倒なことになるんだよな。
松原 『海の怪』は、そういう霊的な話もありますが、遭難や落水という現実的な恐怖もありますよね。僕は事故物件に住んでみて、「世の中の人たちってこんなものを怖がってるんだ」ってことがわかった感じがします。
鈴木 俺の知り合いでも事故物件に住んだ人がいるんだけど、部屋が歪んでるって言うんだよ。どうにもバランスが悪いと。
松原 間取りがおかしいことで、精神的に不安になるのかもしれません。間取りが悪いというより、違和感がつねにあって、精神が不安定になるんじゃないですかね。なんか、そんな気がしています。
――不動産屋でも足を踏み入れることを嫌がるのに、事故物件に住んでいる人が言うと、なんだか説得力がありますよね。
松原 日本の不動産屋は、事故物件を案内するのを本当に嫌がる人と、めちゃくちゃ紹介してくれる人と極端に分かれるんですよ。部屋の前まで案内してくれても、部屋には入らないという人も結構います。ずっと部屋の前で待ってて、内見が終わって外に出ると「塩いりますか?」って聞かれるんですけど、清められていない状態でどうなるかの実験中だから、清められると困るんです(笑)。
鈴木 映画で観ると、部屋に家財道具が何も置いてないけど、あれはあの通り?
松原 そうですね。今回の引っ越しで、邪魔になってクリアボックスも処分しました。電化製品もなくて、洗濯はコインランドリーですし、テレビもスマホで問題ないかなと思って捨てちゃいまいました。引っ越しのとき、重いものを運ぶ煩わしさのほうが勝ってしまって。どうせ1年に1回引っ越しちゃいますしね。
鈴木 身軽でいいね。
松原 孤独死の特殊清掃とか、いろいろな人の家に行かせてもらうようになって、みんな、自分の生活空間を大切にしてるんだなって最近になって気づきました。事故物件に住む前からそうなんですけど、僕は住むところにこだわりはないですし、どこで寝たってかまわないんです。それこそ、廃墟でも寝てみたいですし。
鈴木 廃墟企画にぴったりの人材だ!
松原 ぜひ! 『海の怪』の中にも廃墟の話が出てきましたよね。鈴木さんは廃墟のどんなところに惹かれているんですか?
鈴木 廃墟になるまで、そこで一体何があったのか、その場所にはどんなストーリーが隠されているかを考えるのが面白いよね。本の中にも書いた臥蛇島という無人島の廃墟へ行ったときも、生活にかかわるひとつひとつの品々から多岐に渡って想像力が掻き立てられた。奥多摩にある廃墟はしーんとした森の中の谷にあって、完全に忘れられた昔の鉱山の集落跡なんだけど、そこに落ちていた昭和20年代、30年代の新聞記事を見ているだけで、想像が広がり、物語が膨らんでいくんだよ。あ、そうしたら廃墟企画は物語と絡めた廃墟ツアーにしたら面白いかもしれないな。
松原 ヤドカリ光司と松原タニシ……(笑)。実現を楽しみにしています!
対談の中でもたびたび登場した鈴木光司さんの近著『海の怪』。実際にあった海にまつわる怪談は、リアルな恐怖と絶望、そして海の新たな一面を感じられるはず。世界中を船で巡るホラー小説家、鈴木さんだからこそ語ることができる海洋の不思議をぜひ体感してください。
書籍『海の怪』の詳細はこちらから。