2020.11.15
霊的なものを感じるとき—”事故物件”対談 松原タニシ氏×鈴木光司氏 <後編>
鈴木光司さん『海の怪』刊行記念
科学の進歩が“わからない”ことを生む
――事故物件に住むようになって、感覚が研ぎ澄まされたと感じることはありますか?
松原 僕は、ただの勘違いを霊的なものと意識してしまう人のほうが実は多いんじゃないかなと考えすぎて、むしろ霊感や霊的な現象を見逃しているかもしれません。そういう意味でも、僕自身は霊的な現象と遭遇できなくなっているんですけど、周りからはいろいろ言われますね。タニシさんの映画を観た帰り道に車がパンクしましたとか(笑)。ただ、リアルなのは、よみタイに公開されている鈴木さんの『船の事故物件』の話にも出てきましたけど、音声にノイズが入ることはめちゃくちゃあるんですよ。
鈴木 映画『事故物件 恐い間取り』にも出てきたけど、あのシーンは怖かったね。
松原 あれは実際に起こっていることだから、そこだけはわからないんです。記録されたものの中に何かが入っていたっていう出来事は、よく起こるようになりました。
鈴木 科学で解明できないことは、まだまだ山のようにある。そこにフィクションがつけ込むすき間がある。
松原 鈴木さんはリアリティを追求されてますよね。リアリティを追求して、取捨選択を突き詰めていけばいくほど、霊的なものを勘違いできなくなる気がします。
鈴木 たとえば、自分の夫が地球の裏側で突然亡くなったとする。彼の妻が夜中なのにハッと目が覚めて、瞬時に夫の死を察知する。
松原 虫の知らせですね。
鈴木 もし「虫の知らせ」が実在するとしたら、情報が届く速度がどれぐらいなのか、思考実験したくなるんだ。わかりやすくするために、夫の職業を宇宙飛行士としよう。彼は、地球から4・5光年離れたケンタウルス座アルファ星での任務中、事故で亡くなったとする。同僚の宇宙飛行士がその情報を光通信で地球に送ったとしても、アインシュタインの説では、どんな情報も光より速く進むことはできないとされているため、最短でも4年半かかる。しかし、もし妻が、「虫の知らせ」によって夫の死を瞬時に察知したとしたら、情報が光より速く飛んだことになる。
松原 テレパシーのようなことですか?
鈴木 そう。光速度をしっかり守ってテレパシーが情報をやりとりするとは思えないんだ。となると、アインシュタインの理論は崩れてしまう……。
松原 その考え方、面白いですね。
鈴木 宇宙をとりまくあらゆる現象が現代科学で説明できると考えるのは、思いあがりも甚だしい。ほんの20年ばかり前までは、宇宙に存在する物質をすべて理解したと思っていた。ところが、その後、ダーク・マターとダーク・エネルギーが95%を占め、われわれが把握していた物質はたった5%に過ぎないことが判明した。つまり、科学が進めば進むほど、わからないことが増えていった。
松原 なるほど。“わからない”ということが、わかっていくんですね。
鈴木 そう、わかればわかるほど、わからないことがどんどん増えていく。みんな、科学が進歩するとわからないことが減っていくと誤解してるけど、実は逆。だからこそ、小説のネタも尽きない。ダークな部分にこそホラーが扱うネタはいっぱいあるんじゃないかと思ってる。この先何が起こるかなんて、誰にもわからないからね。
松原 そういう思考から「貞子」も生まれたんですか?
鈴木 いや、貞子が井戸から出てきたのは単なる偶然。友人の部屋を訪ねて、窓を開けたら、たまたま墓石と井戸があったというだけ。ひょうたんから駒、ひらめきなんだよ。