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これまでの道のりの先に、これまでとは違う道を探して――写真家・繁延あづささんが読む『相談するってむずかしい』

繁延あづささんのご自愛習慣:白湯を飲む

 ご自愛習慣というほどでもないけれど、日々の日課が自分自身を整えていることに最近気づいた。4年前から夫が採卵養鶏をはじめ、毎日夜明け前から卵のパッキングをするのが私の役目。うつくしく可愛らしい卵を眺め(検卵作業)、大きさも模様も色もふぞろいの卵たちをセンスよくパッキングしていく。イマイチなときは卵の配置を変え、卵全員が魅力的に見えるよう工夫。それを、しっかり空腹を感じるまで、時折白湯を飲みながら続ける。白湯はちょうどよい熱さにしておくのがこだわりで、冷めてきたらまた沸騰したお湯を足す。出荷準備が終わる頃には外が明るくなり、清々しい気持ちで一日が始まる。

 もうひとつ。青山さんと同じく、私もお酒が大好き。お酒を飲むと、体も心もふわっと弛む。その感覚がたまらなく好きでやめられない。ただし、これも青山さんが書いておられるように、つい飲み過ぎて酒に呑まれてしまうということも。そうなると、よいはずのお酒が、二日酔いや失言してしまうなど悪いものになってしまう。呑むことだけでなく、酒や酒造りする人も大好きな私としては、お酒を悪しきものにしてしまったという自己嫌悪ハンパない朝を迎えることになる。そんなときも、やはり白湯である。何も食べず、ただ白湯を啜りながら修行僧のように一日を過ごす。それは私にとって消化器という口から肛門までの管をきれいに洗浄し回復させるイメージ。日常的にニワトリを絞めて捌いているせいか、消化管のチューブやさまざまなうつくしい臓器がリアルに思い浮かぶ。もしかすると、リアルに思い浮かぶからこそ、きれいにしておこうと思わせられるのかもしれない。ぼんやりしたイメージに意識を向けるのは難しいから。

 最後に〝相談〟について。『相談するってむずかしい』を読んで、青山さんの貂々さんに対する唐突アプローチに爆笑したあと、ふと我に返った。というのは、私も似たようなことをしたことがあるからだ。
 仕事相手とのやり取りの中で、人の言葉が信じられなくなってしまったことがある。ふだん、多くのことは夫や家族に話せば解消していく私が、そのときはなぜかどうしようもなくなってしまった。言葉が信じられなくなるという事態は、なんでもないことのようでめちゃくちゃ大きかった。書くことを虚しく感じ、読むことも虚しく感じるようになっていく。
 ふと、SNSで相互フォローしているだけの作家さんが思い浮かび、気づいたら相談していた。多忙にもかかわらずメールでやり取りしてくださり、私はつらさや悲しさ、決意したことなどを報告しながら、なんとか落ち着きを取り戻すことができた。

 あのとき私は、書けなくなる危機だった。いつものように解消できなかったのは、相手もまた言葉の仕事をする人だったからかもしれない。振り返って、あのとき私は言葉への信頼を取り戻すために、最強の人に相談していたなと思う。特別に言葉を大切にされている方に相談したからこそ、太刀打ちできたのだろう。丁寧に言葉を選んでくださったであろう文面に救われた。また書いてみたい、と。その方からのメールに「繁延さんは相談上手だなあ」という言葉があったことを、牟田都子さんによる『相談するってむずかしい』の書評を読みながら思い出した。

〈自己紹介文を書きなさいといわれたら、特技や好きな食べ物と一緒に「苦手なこと:相談」と書きたいくらい、「相談」は私にとってむずかしいことだった〉

 そうか、そんな牟田さんだから、あのとき一緒に心砕いてくださったのか。

『相談するってむずかしい』好評発売中!

2025年8月5日発売 1,870円(税込)
2025年8月5日発売 1,870円(税込)

発達障害による困りごとや、生きづらさを語り合う場を主宰する細川貂々と、心身の不調をきっかけに、目的を持たない対話の場を作った青山ゆみこ。
オープンダイアローグや当事者研究など、話す/聞く場の実践を通して、「相談する」ことの大切さに気づいたふたりがつづる、話して、聞いた日々のこと。

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新刊紹介

繁延あづさ

写真家。著書に『ニワトリと卵と、息子の思春期』(婦人之友社)、『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)、『うまれるものがたり』など。朝日新聞エッセイ、長崎新聞フォトエッセイ、『助産雑誌』(医学書院)表紙&巻頭エッセイなどの連載がある。次作『鶏まみれ』準備中。

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