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自分の中にある「弱さ」を大切にしたい――ライター・近藤雄生さんが読む『相談するってむずかしい』

8月5日に発売された、青山ゆみこさん、細川貂々さんによる共著『相談するってむずかしい』
ロングセラーとなっている本書に、読者の方からの「話す」「聞く」の実感をともなった感想が多く寄せられています。
さまざまな場で、「話すこと」「聞くこと」の実践を行っておられる方に、本書をどのように読まれたのか、感想をお寄せいただきました。
前回は、装丁家・矢萩多聞さんに、本書の感想と、ご自身を大切に取り扱うために続けている「ご自愛習慣」エッセイをお寄せいただきました。
今回は、ライターの近藤雄生さんに「弱さ」をもとにして本書を読み解いていただきました。

無理に「相談」しなくてもいい

 人に相談をすることは、自分にとってこれまで比較的、日常的なことだった。込み入った内面の問題も、信頼する人にはそれなりに赤裸々に話してきたし、聞いてもらえるのはうれしかった。同時に、人から相談を受けることも少なくなかったと思う。だから自分には、「相談するってむずかしい」という意識は特になかった。でも最近はどうもそうでもなくなっていることに、本書を通じて自分自身を振り返り、気づかされた。

 本書の著者、青山ゆみこさんと細川貂々さんは、それぞれ、ライターと漫画家である。いずれも心の問題の専門家ではないけれど、当事者として心の問題に直面してきた。青山さんは、元来は快活でコミュニケーションが大の得意、かつ人からよく相談を受けるようなタイプだったが、いくつかのきっかけから心身の調子を崩し、50代に差し掛かろうという頃に、不安障害、うつ状態になってしまう。一方の貂々さんは、幼少期から人と関わることに難しさを感じてきて、そのことを人に相談することもないままに、生きづらさを抱え続けながら生きてきた。そして同じく40代の終盤になって、初めて自分の抱えてきた問題が何だったのかを知ることになるのである。

 基本的な性格はかなり違い、たどってきた道筋も異なるけれど、二人とも、「中年」と呼ばれる年代になって、自身の内面の問題に正面から向き合うことになっていく。そして各々、問題を解決しようと悪戦苦闘する中で行きついたのが、安心できる居場所を持つこと、相談できる場を持つことだった。しかも二人とも、そのような場をただ探し求めるだけでなく、いつしか自分で作り出すことになったのである。私にはそのことが、つまり、自らの問題を解決することを目指した結果、他者の問題解決にもつながる場を作り上げるまでに至ったということが、「弱さ」にじっくりと向き合った二人の、培ってきた「生きる力」であるようにも思えた。

 青山さんはこう書いている。<弱さってひとりで抱えているとしんどいけれど、誰かと共有すると「ただ悪いもの」ではなくなるのかもしれない>。青山さんと貂々さんは、自分自身に「弱さ」があるから、他者の「弱さ」に気づくことができる。そして二人とも、自らの「弱さ」について発信し、さらけ出しているからこそ、同じく「弱さ」を抱えている人が安心して参加できる場を、作ることができているのだろうとも感じた。貂々さんが漫画で描いている通り、まさに<私の場所は「みんなの場所」になっていました>なのである。「相談する」ということの本質も、その中に垣間見える気がした。

 ひるがえって自分について考えると、私もまた、おそらく「弱さ」を抱えてきた方であり、それゆえか、「弱さ」を見せてくれる人に親近感を覚えるし、自分の「弱さ」についても知ってもらいたいとよく思う。ただ一方で、冒頭にも書いた通り、私は最近、以前よりも人に相談することができなくなった。コロナ禍を経て人との付き合いが以前よりも減ったことや、内面の不調から人に会うのが前より億劫になっていることなど、いくつかの要因が思い浮かぶが、私の場合、そうした時にいつもその存在が大きくなるのが、自分の「弱さ」とも深くつながる、吃音である。

 私は10代の頃から吃音に悩まされ、それは、就職をせずに文筆業を志すようになったことを含めて自分の人生に多大な影響を与えてきた。しかし30歳頃を境に症状は軽減し、その後、吃音で悩むことは一時期ほとんどなくなるまでに至ったのだが、吃音で悩んでいた時の、話すことへの恐怖感のようなものは、ずっと自分の中に残り続けた。そしていまも、体調が悪かったり落ち込んだりすると、話しづらくなることがあり、特にそれはコロナ禍以降に顕著になった。それだから相談ができなくなった、というわけでは必ずしもないものの、相談しようかなと思いついても、「まあ、いいか」と思うことが最近増えたのは、吃音によって自分の中に根付くようになったその恐怖感のようなものが、いま様々なきっかけによって影響力を増してきている、ということのような気がしている。人とコミュニケーションを取るということは、つくづく微妙なバランスの上で成り立っているものだと痛感する。

 ではどうすればいいのかと考えると、それはよくわからない。一方、そのような気持ちのままで無理に相談しようとすることもないとも思う。ただ、青山さんと貂々さんが経てきた道筋を詳しく知って、改めて自分の中にある「弱さ」を大切にしたいと思った。自分の場合もまた、その先に、「相談の時代」が再びやってくるのかもしれない。

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近藤雄生

こんどう・ゆうき
ライター。1976年東京都生まれ。大学院を修了した後の2003年、自身の吃音をきっかけの一つとして、妻とともに日本を発つ。オーストラリア、東南アジア、中国、ユーラシア大陸で、5年以上にわたって、旅・定住を繰り返しながら月刊誌や週刊誌にルポルタージュなどを寄稿。2008年に帰国。以来、京都市を拠点に執筆する。著書に『遊牧夫婦』『旅に出よう』『まだ見ぬあの地へ』『吃音』など、共著に『いたみを抱えた人の話を聞く』『オオカミと野生のイヌ』などがある。

撮影:吉田亮人

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