よみタイ

初の女性首相が誕生することは喜ばしいこと。けれども――【ブレイディみかこ著『シスター“フット”エンパシー』試し読み】 

2025年10月21日、自民党の高市早苗総裁が臨時国会で第104代首相に指名され、日本で初の女性首相が誕生しました。

これより遡ること約3年前、2022年10月にイタリアではジョルジャ・メロー二が初の女性首相となりました。女性リーダーの誕生は素晴らしい前進のようにも見えますが、このときブレイディみかこさんが執筆したエッセイ「ロールモデルに気をつけろ」には、「女性初の」という枕詞に対する警鐘が。まるで3年後の日本の社会を予見していたかのようなこのエッセイが収録されている新刊『SISTER‟FOOT”EMPATHY』(2025年6月26日発売)の好評発売を記念して、特別公開します。ぜひご一読ください。

*初出:2023年『SPUR』1月号(2022年11月22日発売)
単行本化にあたり加筆修正を加えています。また、人物の役職名や肩書、名称などは初出時のママとしています。
(構成/「よみタイ」編集部)
「<a href="https://amzn.asia/d/6EiRzRD" rel="noopener" target="_blank">SISTER‟FOOT”EMPATHY</a>」1,760円(税込)/集英社 
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ロールモデルに気をつけろ

イタリアでジョルジャ・メローニが初の女性首相に就任した。
一見、女性たちにとってすばらしい前進のように見える。ユーリズミックスのアニー・レノックスとアレサ・フランクリンが「Sisters are doin’ it for themselves(シスターたちは自分たちのためにやっているんだ)」と繰り返し歌った1980年代のフェミニズム・アンセムのように、女性の首相なら女性が生きやすい社会を志向し、実現しようとするだろう。強い女性のロールモデルは、次の世代のためにも必要だし。

と、そう明るく書けたらいいのだが、彼女には不都合な事実がある。とはいえ、これはわたしが、(なんぼ人から「頭の中がお花畑」と揶揄されても)やっぱり世の中はできるだけ平等&公平で、差別とかもなくて、排外的でないほうがいいんじゃないかという考えの持ち主だからであり、違う考え方をする人たちにとってはまったく不都合ではない可能性もあるのだが。

何がわたしにとって不都合なのか。それは、ジョルジャ・メローニは、ネオファシズムの流れをくむ野党の極右政党「イタリアの同胞」の党首だという事実だ。ムッソリーニの精神を受け継ぐネオファシスト政党を学生時代から支持してきた彼女は、伝統的な家族主義を重んじ、同性婚への反対でも知られるという。移民に対する排他的な主張も掲げているようだ。これは、できれば世の中は、差別とかもなくて、排外的でないほうがいいと考えている人間には容認しにくい事実だろう。

こうした事実を無視すれば、女性の進出はよいことだ。米国のヒラリー・クリントン元国務長官もそう考えたのだろう。メローニがイタリア初の女性首相になりそうだと知り、「ある国で初めて女性首相が選出されるのは、過去を断ち切ることを意味し、確実によいことです」とコメントしている。とはいえ、その後で「どんな指導者もそうであるように、男性であれ女性であれ、何をするかで判断されるべきです」とは言っているが。

女性の政治家や首相が増えることは、男女間の格差を埋めるためには必要だ。日本のようにジェンダーギャップ指数ランキングで100位以下の国は、早急に何とかしなければならない分野である。が、単に女性であり、指導者の肩書を持っているからといって、フェミニストのロールモデルになるわけではない。「Sisters are doin’ it for themselves」の「it」が排外的な思想や政策だったら、それはちょっとどうなのかというか、アニー・レノックスとアレサ・フランクリンの歌の意味とは真逆のものになってしまうだろう。

他方で、英国には、弱者に冷たい経済政策で撃沈した女性指導者もいる。わずか1ヶ月半の、英国史上最短の在任期間で辞任したリズ・トラス前首相だ。

彼女も就任時、40代の女性リーダーとして世界中から注目を集めた。が、彼女が主張していた「大幅な減税」は、おもに裕福な人々や法人を対象とするものであり、トリクルダウン理論(富裕層や大企業が豊かになれば富が国民全体に波及するという考え)に基づいていた。サッチャー元首相を思い出させる経済政策に、英国の庶民は幻滅し、支持率が劇的に落ちたのである。

何をもって「フェミニスト」と呼ぶかは、人によって違う。たとえば、英国のトラス前首相は数年前に自分のことを「デスティニーズ・チャイルド・フェミニスト」であると言っていた。デスティニーズ・チャイルドは、ビヨンセが在籍したガールズ・グループ、通称デスチャのことだが、トラス前首相は「女性は自立すべき」「自分自身で成功すべき」と語り、「(野党の)労働党は女性を犠牲者として描いている」と言っていた。要するに、デスチャのメンバーのように強いイメージで、自力でサクセスをつかむ女性たち、というのが彼女のフェミニズムなんだろう。だが、これは「女性の地位の低さを社会のせいにするな」と言っているようにも聞こえ、やはり「社会といったものはない」と言ったサッチャー的なしばきフェミニズムを感じさせる。

とはいえ、1980年代に初めて英国を訪れたとき、わたしがテレビでサッチャー首相やエリザベス女王を見てびっくりしたのは、この国では公式行事で女性が男性の(女王の場合は妻が夫の)一歩前を歩いているということだった。「女は三歩後ろを歩け」とか「女は男を立てろ」とか言われていた国から来た娘には、なかなか衝撃的なビジュアルだった。確かに、そうした女性リーダーたちの姿を見て育つ少女たちは、女だからといってできないことなんかないとふつうに思う大人になるだろう。それはかけがえのない美点であり、そんな国に生まれた女性たちをわたしは羨ましく思った。

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ブレイディみかこ

●ライター・コラムニスト。1996年より英国在住。2017年『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)で第16回新潮ドキュメント賞受賞。19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で第73回毎日出版文化賞特別賞受賞、第2回Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。小説作品に『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』(KADOKAWA)、『両手にトカレフ』(ポプラ社)、『リスペクト ――R・E・S・P・E・C・T』(筑摩書房)などがある。近著には『地べたから考える――世界はそこだけじゃないから』(筑摩書房)。

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