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アイスランドの90%の女性が参加。伝説のストライキ「女性の休日」を知っていますか?【ブレイディみかこ著『シスター“フット”エンパシー』試し読み】 

こうして女性たちが盛り上がる一方で、男性たちは途方に暮れた。その日、会社や工場や商店は、子どもたちであふれ返ったそうだ。その多くが女性である教員たちや保育士たちがストを行なったため、学校や保育園は閉鎖され、家庭の女性たちも家事を放棄して外出したので、男性たちは職場に子どもを連れて行くしかなかった。仕事の途中でお菓子を買いに走る者、鉛筆と紙をかき集めて子どもにお絵描きをさせようとする者、幼児の世話をさせようと年長の子どもたちを買収する者などで、職場は混乱した。この日、アイスランド全土のスーパーでソーセージが売り切れたという(焼くだけでいい食べ物で、子どもたちの人気も高いからだ)。

女性社員が消えた新聞社から翌朝発行された新聞はいつもの半分の薄さだったそうだ。銀行の窓口業務を行なっていた女性たちは、上司の男性が窓口に座っているのを見て、わざと客として銀行に行ったりした。アイスランドの男性たちが、この日を「長かった金曜日」と呼んだのも無理はない。女性たちはいつだって「長い毎日」を過ごしていたことを、彼らも思い知らされたのである。

映画『女性の休日』より © 2024 Other Noises and Krumma Films.
映画『女性の休日』より © 2024 Other Noises and Krumma Films.

この話を聞いて驚くのは、世代、経済的階層、学歴、未婚・既婚、趣味、思想・信条などさまざまな軸で分かれてクラスター化しがちな女性たちが、一つの目的のもとにつながって一緒に闘ったという事実である。女性の9割が結託したというのだから半端ない。

女性たちのデモやストライキは世界各地で起きてきたし、現在でも起きている。近年で言えば#MeToo 運動などが記憶に新しいだろうし、歴史をさかのぼれば女性工員たちのストライキとか、婦人参政権を求めるデモなどもあった。しかし、アイスランドの「ウィメンズ・ストライキ」がほかと違っていたのは、この国内における圧倒的な組織力の高さだ。10人のうち9人の女性が何かの運動に共鳴し、自発的に参加するなんて、現代のわたしたちからすると、ちょっと信じられない。

いったいどうしてそんなことが可能だったのだろう。

考えてもみてほしい。SNSも、インターネットすらなかった時代だ。彼女たちはどうやって情報を拡散し、参加を呼びかけたのか。

それは、カフェの店長の母親が行なっていたような、地べたでの説得活動だった。その地道な行為が無数の女性たちにより、全国津々浦々で行われていたのである。少女時代の店長が目撃したという、ストリートのさまざまな場所で行われていた女性たちの話し合い。店長の母親が世代や立場が違う女性の心情を考えながら言葉を選んで説得したように、そこにはエンパシー(他者の靴を履いてみること)の介在があったのは間違いない。SNSで顔の見えない大勢の人たちを扇動するのではなく、顔の見える人たちと対面で話し合い、互いが置かれた状況を考え、違いを尊重しながら、「今回は一緒にやろう」と一人ひとりがつながっていった、その小さな連帯の集大成が90%の組織力だったのだ。

この1975年のストから5年後、アイスランドでは世界で初めて民主的に選出された女性の大統領が誕生している。地べたで育んだミクロな組織力が、マクロな政治の場でも大きな実を結んだのだ。

まさに、千里の道も地べたから、である。

シスターフッドとは共謀することだ。互いに他者の靴を履きながら、足もとからつながって一緒に企む。「ウィメンズ・ストライキ」前夜にアイスランドの少女たちが感じた興奮は、その共謀のワクワク感だったに違いない。

映画『女性の休日』より © 2024 Other Noises and Krumma Films.
映画『女性の休日』より © 2024 Other Noises and Krumma Films.

『女性の休日』
シアター・イメージフォーラム他全国順次公開中
公式サイト
© 2024 Other Noises and Krumma Films.

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ブレイディみかこ

●ライター・コラムニスト。1996年より英国在住。2017年『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)で第16回新潮ドキュメント賞受賞。19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で第73回毎日出版文化賞特別賞受賞、第2回Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。小説作品に『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』(KADOKAWA)、『両手にトカレフ』(ポプラ社)、『リスペクト ――R・E・S・P・E・C・T』(筑摩書房)などがある。近著には『地べたから考える――世界はそこだけじゃないから』(筑摩書房)。

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