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「モヤモヤ」するだけじゃなくて、日本の女性はもっと怒っていいし適当になってもいい。【ブレイディみかこさん×宇垣美里さん『SISTER“FOOT”EMPATHY』刊行記念対談/後編】

ブレイディみかこさんのエンパワメント・エッセイ集『SISTER“FOOT”EMPATHY』の刊行を記念したトークイベントルポの後編。前編に続き、ブレイディさんが「他者の靴を履く」と表現するエンパシー(他者への想像力)について、宇垣美里さんと語り合いました。対談のラストでは、会場からの質問に二人が答えます。

写真/山下みどり
構成/国分美由紀
ブレイディみかこさん(左)と宇垣美里さん(右)
ブレイディみかこさん(左)と宇垣美里さん(右)

他者への想像力を働かせるために必要なもの

宇垣美里(以下、宇垣) 『SISTER“FOOT”EMPATHY』のベースにあるのは、「エンパシー(他者への想像力)」という考え方ですよね。それは私も常々、忘れないように意識しています。例えば、私はめちゃくちゃ体力があって心も相当強いけれど、「みんなが私と同じように強いわけではない」と自分に言い聞かせないと、同じことを周りの人にも求めてしまうから。でもそれってシスターフッドとかフェミニズム以前の問題というか、人が人と生きていく上ですごく大切なことだと思っていて。

ブレイディみかこ(以下、ブレイディ) おっしゃる通りだと思います。

宇垣 この本を読みながら、友達と映画『スーパーマン』について「あのシーンはガザを描いているように感じたよね」と話したら「ガザって何?」「なんで(ガザのことを)知る必要があるの?」と言われてびっくりしたことを思い出しました。そのときは何と返せばいいのかわからなかったけれど、それもやっぱりエンパシーだなって。

ブレイディ 悪意があるわけではないけれど、他者への想像力を働かせるためのベースがないからわからない……という場合もありますよね。だから最近は、例えば「どうして知らなきゃいけないの?」と言われたら、「じゃあ(あなたは)何なら知りたいと思う?」って相手の思いに耳を傾けてみることもエンパシーに入るのかなと私は思っていて。

宇垣 そういう方とも向き合う、ということですよね。

ブレイディ そうですね。私は今回、大学生の息子とその友達と一緒に日本に来ましたが、息子の友達は官僚の父を持ついわゆる“エリート”。その彼と息子と3人でタクシーに乗ったら、モハメドさんというイギリスにも多い名前の運転手さんで、日本語も英語も達者な方だったんです。モハメドさんといろいろ話してタクシーを降りた後、彼が「初めてタクシードライバーと会話した」って言ったんですよね。
「僕、絶対に彼のような人たちと話した方がいいですよね」って言うから、「社会の中で働く人たちと話すことは労働者を理解することだから、イギリスに帰っても絶対に話したほうがいい。本を読んで理解した気になっていても、話したら違ったりするからね」なんて話をしていたところです。

宇垣 タクシー運転手さんや他の知らないお仕事の人のことを、彼はきっと今まで透明化していたんでしょうね。でも、今回の経験できっと見えるようになったんじゃないかな。

本当に、間一髪でここまで生きてきた

ブレイディ そう思います。シスターフッドにおいても、見えなくされている人たちの存在をちゃんと見つめて、一緒に何ができるかを考えていくことが大事ですよね。さっきおっしゃっていた、資本主義の中でバリバリ働く人のフェミニズムに参加できないような人たちは、「自分は参加できない」と思っているから興味が持てないという人もいるかもしれない。だから、そこに届く言葉を発していくことが大事かなと思うのですが、宇垣さんはご自身の理不尽な経験とか、日本で女性であることについて書きたいと思ったりしません? 

宇垣 思います。今までなんとなく流していたけれど、これは多分私が女性だからだ……、みたいな気づきって結構たくさんあるので。でも、私は勝手に自分のせいにしちゃうんですよね。どうしても「私がこうやって返していれば、あの人もこんなふうに言わなかったはず。私が至らなかった」となってしまう。でも、そういう方って多いんじゃないかなと思うんです。「女性だから」とか「若いから」っていう理由で嫌な思いをしたと考えたくないから。そのほうが楽ですし。

ブレイディ ある意味、そのほうが楽ですよね。立ち上がらなくてすむから。

宇垣 それに、誰かのせいだと考えると対処しようがなかったり、自分のことをケアできなかったりするので。でも、そういう経験を友達に話したときに「それはヤバかったね」って言ってもらえるだけで「やっぱりそうだよね、私は間違えていないよね」と思える。だから、私がどこかで言葉にすることで、もしかしたら同じような経験をした女性にも「あのとき、私は怒ってよかったんだ」と思ってもらえるんじゃないかなという気もします。
ただ、これは私が関西人だからかもしれませんが、「つらかったんだよね……」という感じでは話せなくて、笑い話としてお焚き上げするんです。あるとき、いつものように話していたら「なんであんたがそんな目に遭わなきゃいけないの」って友達がボロボロ泣き始めて。そこで初めて自分がひどい被害を受けていたんだと気づいたこともありましたね。

ブレイディ 誰かに言われて気づくことって確かにあるかもしれない。宇垣さんは、自己を持った女性として生きるには非常にトリッキーな業界で生きてこられた経験があるじゃないですか。いろんな修羅場をくぐってきたのだろうなという気がするし、それは強くもなりますよね。

宇垣 もともとの心の強さもあるし、運のよさもあると思います。非常に運がよかったです、私は。周りの人に守ってもらいましたし、よくも悪くも鈍感なので気づかなかった部分はあると思います。

ブレイディ そうかなぁ。

宇垣 気づかないフリがうまかったというのもありますけどね。本当に、間一髪でここまで生きてきたんだなとしみじみ思います。

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新刊紹介

ブレイディみかこ

●ライター・コラムニスト。1996年より英国在住。2017年『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)で第16回新潮ドキュメント賞受賞。19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で第73回毎日出版文化賞特別賞受賞、第2回Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。小説作品に『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』(KADOKAWA)、『両手にトカレフ』(ポプラ社)、『リスペクト ――R・E・S・P・E・C・T』(筑摩書房)などがある。近著には『地べたから考える――世界はそこだけじゃないから』(筑摩書房)。

宇垣美里

うがき・みさと●1991年 兵庫県神戸市出身。2014年4月にTBSに入社し、アナウンサーとして数々の番組に出演。 2019年3月に退社後、現在はドラマやラジオ、雑誌出演のほか『週刊文春』、『女子SPA!』などで漫画・映画のコラム連載など執筆業でも活躍中。著書に『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)フォトエッセイ『風をたべる』(集英社)など。TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』水曜パートナー、ニッポン放送Podcast番組「宇垣美里のスタートアップニッポン powered byオールナイトニッポン」パーソナリティを担当している。

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