2023.7.25
本を出版すると爆モテするって本当?【山下素童×カツセマサヒコ ゴールデン街対談】
チェーン店にも文脈はある
カツセ 僕は山下さんの本のデートシーンが好きでしたね。最終話のワンタンメンを食べに誘ってくる女性、最高だなって思いました。ただのラーメンじゃなくてワンタンメンという、初デートのハードルとして高過ぎず、低過ぎない、二人の関係性にふさわし過ぎる食べ物を選ぶ女性。しかもそのワンタンメンに誘ってもいい男と思ってくれた。喜びがでかいじゃないですか。
山下 カツセさんは本当にデートの解像度が高いですね。
カツセ あと、そのお店が臨時休業でも喜べるデートは最高だなって思いましたね。
山下 最高ですよね。僕、女の人とデートで御飯を食べに行って店が臨時休業だったとき、「早く次探せよ」みたいな反応をされことがあって。
カツセ 男としてリードしろってことですか。
山下 それが怖い(笑)。その経験から臨時休業は怖いものだという認識になって。
カツセ トラウマになっている(笑)。このデートシーンは、その裏返しで書いているフィクションですか。
山下 いや、実体験です。
カツセ よかった。臨時休業だったその後、二人はバーミヤンに行く。チェーン店が出てくるのもいいですね。
山下 『明け方の若者たち』ではサイゼリヤに行きますもんね。
カツセ そう、僕はサイゼリヤを出したので、山下さんはバーミヤンで来たかと思って。
山下 あと、好きなコンビニの話をするシーンもすごく似てましたね(笑)。
カツセ そうそう(笑)。好きなコンビニのくだりは、同じだなと思った。山下さんは好きなコンビニの順位。僕が『明け方の若者たち』で書いたのは彼女が語るコンビニ論。
これから親しくなる二人が共通項を探すときに、街とか店で話が盛り上がるというのが僕は好きなんです。誰でも知ってる共通の話題で盛り上がれるっていいなと思って。山下さんはそれを「二人の文脈をつくるのが上手」という書き方をしてましたね。
山下 チェーン店は画一的で個性がないとか言って嫌う人っていますよね。それってすごく狭い考え方だと思って。誰かとチェーン店に一緒に行ったら、その人と一緒に行ったことでつくられる文脈が絶対にあるわけで。それを『明け方の若者たち』のサイゼリヤのくだりで感じました。「あ、この作家はチェーン店を武器に二人の文脈をつくっていく人だな」って。
カツセ 僕はゴールデン街という個性の集合体のような店でカウンターに立っている人が、こんなにチェーン店を肯定的に描いていることに好感を持てました。
エッセイと小説の汽水域から大海へ
──最後にお二人の今後について教えてください。
山下 何も考えてないです(笑)。何かを構想してやりたいとかもないです。面白い人と出会ったら「あ、これ書ける」みたいになるので、出会ったもの勝負というか。それこそこの本を出して、もし何かしら仕事の声をかけてくれる人がいて、その関係性の中から何かできそうだったらやるくらいですかね。カツセさんはちゃんと、こういう風にやっていきたいというビジョンがある方ですよね。
カツセ ビジョンというか、どうやったら生き続けられるかという不安が大きいから、生存するためにどうしようかという気持ちが強いですね。
山下 三作目も執筆中なんですか?
カツセ 書き終わって改稿中です。面白い作品になると思います──と言っておきます。
山下さんは今回、エッセイと小説の汽水域にある作品ですが、次は思い切って小説側の大海に出たやつも読みたいなって思いました。架空の男と女、架空の場所で。山下さんが架空の場でどんなリアリティーを出してくるのか気になるし、めっちゃ面白そうなので。山下さんはフェチズムがすごそうだから、そこはとくに楽しみですね。
山下 苦手なんですよね、架空(笑)。
カツセ でも、今回もこのワンシーン実はフィクションですというのがあるわけでしょう。
山下 多少ですね。それもモデルの人が身バレしちゃいけないからとか、そういう事情によって。
カツセ ああ、そうか。カモフラージュで入れているという。
山下 はい。でも、二作目からは固有名詞を無くしてストレートにフィクションで勝負をしたカツセさんは、素直にすごいと思いました。一から設定をつくって書くというのは自分は今はできるとは思えないし、苦手なのでやる気も出てこないんですけど、もしフィクションを書くことと縁ができたときには、カツセさんの背中を見て追いかけたいと思います。未来は何があるかわからないので。
(※本対談は、小説すばる2023年8月号から転載したものです)
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