2023.7.25
本を出版すると爆モテするって本当?【山下素童×カツセマサヒコ ゴールデン街対談】
モデルの許可を取ることが面白い
カツセ 山下さんはこの本を書くに当たって読んだ本ってありました?
山下 連載しながらバーに立っていたので、文章に対する生の反応が見られる状況にずっといたこともあり、文章と読者の関わりみたいなことを考える機会が多く、物語論の本をよく読んでました。特に影響受けたのは『物語について』という本で、英国の批評家のフランク・カーモードが、素朴な読者が物語を求める理由の一つとして、なぜ?と問う必要をなくしてくれる権威であるから、ということを言っていて。自分の経験と照らし合わせて、納得させられました。読者の一部の人は、書き手を権威として扱おうとするところがあります。
カツセ そのほうが楽だから?
山下 そうだと思います。こっちは起こった出来事を自分なりに自分の言葉で解釈することに心血を注いでいるのに、書いたものが何らかの権威のようなものとして読まれてしまうことがあります。先ほどのモテの話にも繫がりますが、小説や作家を権威として扱うことと、恋愛感情がごっちゃになってしまう人も中にはいます。もっと自分の言葉で考えたらいいのにな、と思うことがたまにありました。
カツセ たしかに。でも、私小説って、自分の一番ぶくぶくした嫌な部分を文章にして世に出すっていう、オナニーに近い行為だなと思うし、しかもそれが受け入れられたときの気持ちよさってすごい……。同時に、むちゃくちゃ怖いなとも思う。大事な過去を激安セールに出したみたいな感じがあって。なかったですか、そういう葛藤。
山下 私小説家の人生は破滅に向かう、ってよく言いますよね。僕も自分を消費している部分があると思うし、他人のことを消費している部分もあると思うので、これでいいのだろうか、と悩むことは多々ありました。でも、連載中、何の問題も起こらなかったんですよね。モデルになってくれた方に事前に全文読ませて、掲載許可を取っているのが大きいと思います。許可を取るプロセスの中で、ここは変えてほしいとか、ここは削ってほしいとか、要求されることもありましたし、実際に修正したり削った部分もあります。
面白いなと思ったのは、許可を取るプロセスの中で文章を修正したり削ったりすることって、モデルの人との二人だけの秘密を構築する作業なんです。僕の文章は他人の人生を遠慮なく曝してるように読まれがちだと思いますが、許可を取ってるので、すべて書かれる側も公表されることを問題とは思っていない内容なんです。本当に表に出したくないことは、僕とモデルの人との二人だけの秘密になっています。本当に大事な部分だけは秘密として共有していることが、私小説を書いても破滅に向かわない要因になっているのではないかと思います。だから、今のところこれといって問題も起こらず、モデルの人との関係も、自分のメンタルも、ありがたいことにすこぶる健康です。
カツセ モデルの許可を取ったんだ。
山下 はい。「同意」の問題ってなにかと今の時代のテーマじゃないですか。徹底的に同意の問題に向き合おうと思い、私小説の中でモデルにした相手から掲載の許可を取ることに意識的に力を注ぎました。デートをしたりセックスをした後に、突然一万五千字とかの文章を送るんですよ。「こんな文章を書いたのですが、掲載しても大丈夫でしょうか?」って。
カツセ 事前に「書くね」はないんだ? 書いた後の同意なんですね。
山下 そうですね。自分が納得できる文章が書けるかって事前にわからないですし、どんな文章内容かによって相手の同意の判断も変わってくると思うので。「実はあなたとのデートを一万五千字の文章にしたのですが…」と最初に伝えたときは怪訝そうな顔をされたけど全文読ませたら喜んでくれたような方もいました。文章のクオリティと、同意をもらうことの両方を考えると、よいものが書けた、と自分が思えたところで全文を送って許可取りをするのが一番だと思いました。許可を取るときの緊張感って、すごいですよ(笑)。
カツセ 相手のことを書いた小説を送りつける。ラブレターとも違うし、なかなかそんな経験できませんよね。書いたことで相手との関係が変わったりはしました?
山下 関係性が変わる人と変わらない人がいました。ゴールデン街のSea&Sunというお店で、二村ヒトシについて書いた文章を二村さんの隣に座ってチェックしてもらう機会があったのですが、「君の文章を読んで、俺がいかにずっと長い間同じことを言い続けている人間かわかった」と言ってくれて、そのあとHaloというお店に移動して「これまでとは違う新しいことをしていきましょう」と、二村さんのこれからの人生の話を一緒にしました。そういう気づきや変化の時間を一緒に過ごせたのは、思い出に残ってますね。
カツセ それはすごいなあ。文章の力ですね。