2023.7.25
本を出版すると爆モテするって本当?【山下素童×カツセマサヒコ ゴールデン街対談】
「私小説」は依頼されていなかった
山下 僕はゴールデン街で働きながら、集英社でゴールデン街の連載を始めてから、急に周りから「モテますね」って言われ始めたんですが(笑)、カツセさんは『明け方の若者たち』が売れて爆モテしました?
カツセ 爆モテはしなかったですね(笑)。ただ社会的な意味でのモテや承認はあって、それで十分でした。まず出版業界の人が認知してくれるようになった。ウェブライター時代にはなかったことだったので、書き手としてのポジションが変わった。自分にとっていいことだったと思ってます。
山下 ウェブライターと小説家はどんなところが違うと感じますか。
カツセ ライターは何かを照らす仕事。対象になる人物や出来事を取材したり調べたりして、1を10にする記事を書く。小説家は照らされなくても光るものを0からつくりだして1にする仕事をしている気がします。山下さんは風俗ライターの頃と変化を感じました?
山下 集英社のウェブに載ったからかもしれないですけど、風俗のことを書かないだけでこんなに幅広い層から読まれるんだなと(笑)。性風俗の話は、ただそれだけで読者を選んでいるというか、読まれる層の幅を狭めているのだなと思いました。
カツセ 私小説を書こうと思ったのはなぜなんですか。
山下 自分ではそんなに意識してなかったんですが、連載が始まったときに掲載ページのリード文を見たら「新世代の『私小説』」と担当編集の稲葉さんが書いてたんです。稲葉さんとは長い飲み仲間で、僕のことや僕の文章をよく理解してくれる方だと以前から感じていたので、稲葉さんがそのようなリード文を書くなら、そこに自分の文章の面白さがあるのかもしれないな、と意識するようになりました。
それからゴールデン街で飲みながら連載を進めていく中で、私小説を書きたいと相談してくる風俗嬢や、自分の文章を私小説として読み込んでくるユーチューバーの女性との偶然的な出会いもあって、どんどん自覚的に自分も私小説として文章を書くようになっていったし、私小説を書くということ自体が中心的なテーマになった本が出来上がりました。
カツセ 小説、私小説、エッセイ、コラム……どう名付けられたかによって、ようやくそこで自分が書いたものを認識した感じなんですね。この本って、私小説とエッセイの汽水域みたいな作品だと思うんですよ。
山下 稲葉さんからの最初の依頼は、ゴールデン街で出会った小説や映画を紹介する連載コラムだったんですけどね。
カツセ じゃあ、編集者の希望とはまったく違うものを書いたんだ。
山下 そうですね。依頼だと文字数も三~四千字だったけど、第一話(「一言目で『抱いていい?』は人生で初めてのことだった」)から一万五千字くらいになっちゃって。
カツセ もうほぼ短編小説の長さですよね。依頼の何を聞いてたんですか(笑)。
山下 出版社と連載の仕事をするのは初めてだったし、勝手もよくわからず、飲みの場で始まった企画というノリもあったし、稲葉さんは友達のような存在なので、まぁやりたいことやってもどうにかしてくれるんだろうなと(笑)。
山下 『明け方の若者たち』はいわゆる私小説ではないんですよね?
カツセ 私小説ではないですね。もちろん実体験を基に描いている場面はあるけど、部分的で。山下さんの『彼女が僕とした~』は、虚構と現実が入り交じって溶けているから、読んだ人は山下さんがいる店に行ってみたいと思うし、山下さんに会って何かを話したいとか思うでしょうね。
山下 そのようになったのは、ゴールデン街という街の力もあると思います。自分がコンテンツのように扱われたり、他人をコンテンツのように扱う感覚が平気である街なんです。
カツセ 記号化されている。
山下 はい。「顔が見える農家」とかあるじゃないですか。あれに近い感じがして。ゴールデン街で誰かと知り合ったとして、その人が役者だったらその人が出る演劇を見に行くし、映画監督だったらその人が撮った映画を見に行くし、作家だったら文フリにその人が出す本を買いにいくし、AV女優だったらその人が出てるAVを見る。そういうノリがあるんです。コンテンツから入るのではなく、顔の見える目の前の人間を媒介にしてコンテンツに触れるのが、ゴールデン街にいる人の特徴かなと思います。
カツセ ゴールデン街で「私の実体験すごいから小説にしてもらいたい」と言ってくる人いませんか? 山下さんの場合、そういう依頼がたくさんありそうだと思って。
山下 「面白ネタしゃべりますよ」みたいなすごいテンションで来る人はいます(笑)。カツセさんはそういうので小説を書いたことってあります?
カツセ ないですね。
山下 ですよね。
カツセ 人が自分でセールスポイントだと思ってるエピソードって小説に適さないことが多い。それよりも、そのエピソードの直後の不意打ちのつまんなそうな顔のほうが、よっぽど小説的であったりするのかなって。