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【椎名誠さん×群ようこさん『続々 失踪願望。 病み上がり乾杯編』『ちゃぶ台ぐるぐる』刊行記念対談/後編】

1976年に創刊された「本の雑誌」。発起人のひとりである椎名誠さんと、経理担当社員としてその創成期を支えた群ようこさん。おふたりが再会するのはなんと40年ぶりだとか。「別にお互い避けていたわけじゃない」とのことで、前編に続き、40年のブランクをまったく感じさせない、なごやかな対談が続きます。初対面の時のことや「本の雑誌」編集部時代のとっておきの秘話を、語り合っていただきました。

写真/松田嵩範
構成・文/竹田聡一郎
撮影協力/池林房
http://www.chirinbou.com/
再会した瞬間から、会話がはずむおふたり
再会した瞬間から、会話がはずむおふたり

給料は3万円でいいですか、と聞くと群さんが「いいです」

椎名誠(以下、椎名) さっき編集者から会うのは40年ぶりと聞いて驚いた。

群ようこ(以下、群) お久しぶりだとは思っていましたが、まさか40年ぶりだとは。

椎名 アメリカと北朝鮮のように緊張関係ではないし、別にお互い避けていたわけでもない。

 機会がなかったですよね。「本の雑誌」編集部が笹塚にあって目黒(考二)さんが社長を辞められる際にご挨拶にうかがった時、目黒さんにはお会いできましたけれど、椎名さんはご不在で会えなかったんです。

椎名 そうだったか。

 でも私はサイト(椎名誠 旅する文学館)で「椎名さんどうなさっているかな」と拝見はしていました。

椎名 作家同士といっても案外、別の世界にいるようなもんだから会わないよね。最初に群さんと会ったのは確か新宿だった。

 伊勢丹の前でした。

椎名 順を追って説明すると、当時勤めていた会社は男ばっかりの殺伐とした職場だったんだけど、そこが求人、しかも「我が社初の女性社員を募集しよう」と朝日新聞に出した。30通くらい履歴書が送られてきて、その応募者のひとりが群さんだった。

 後から考えると本当に失礼な履歴書だったと思います。応募の動機に「『本の雑誌』を読んでいるから」と、ストアーズ社とまったく関係ないことを書いている。

椎名 それが光ったんだよ。だいたいは「御社の体制が私に合うと感じました」とか知りもしないのに噓ばっか書くんだから。その中に唯一、「いつも『本の雑誌』で椎名さんの文章を面白く読んでいます」とあって、あの頃、作家活動をしているのは会社に内緒だったから専務あたりが見ちゃうとまずいわけ。

 まずかったですよね。ごめんなさい。

椎名 どうしようかなと迷った挙句、30通もあるから1通くらい除いても分かんないだろうと思って、その時「本の雑誌」も事務員を探していたから群さんに電話して新宿の伊勢丹の角で待ち合わせした。

 椎名さんは私の予想していたタイプと違ったんですよ。当時は椎名誠という人の文章を読んでいましたけれど、書影にも顔写真はなくてほとんど情報がなかったんです。まだテレビにもCMにも出る前で、インターネットもないのでどういう人か分からなかった。勝手に「体育会系のガタイのいい人は本を読まない」と思い込んでいたので、メガネをかけてちょっと長髪で細身のいわゆる文学青年が来ると思ってキョロキョロしていたんです。

椎名 俺はスーツだった?

 そうですね。ちょっと寒い日だったのでトレンチコートを着てらっしゃいました。伊勢丹の角に立っている人はひとりしかいなかったので、そのトレンチコートの方に「椎名さんですか?」と声をおかけしたら「そうです」と。

椎名 映画のようだ。俺もずっと男の世界で生きてきたから、女性と待ち合わせするのは緊張していた記憶がある。

 すぐに「これこれこういう理由でストアーズ社のほうは外させてもらいました。すいません」と経緯を簡単に説明されて、その上で「本の雑誌」に誘っていただいて。

椎名 そんな難しい話でもないし、まだ新宿に知っている店もなかったから立ち話だったよね?

 そうですかね。確かに座って話をした記憶はないです。時間にして5分くらいでしたかね。

椎名 今では信じられない話かもしれないけれど、最初からいい加減なお願いだった。特に給料はこの前、群さんがエッセイで書いてくれたのを読んだけれど、あれ本当だからね。確かに3万円だった。

 3万円でした。

椎名 給料は3万円でいいですか、と聞くと群さんが「いいです」って、まったく躊躇せず。いつ会社潰れるかわかりませんよ、と言っても「いいです」。

 その前に勤めていた広告代理店の初任給が9万円だったのでそれに比べれば安いですけれど、やっぱり実家から通っていたからお給料はいくらでもよかったんです。

椎名 ただ、群さんを採用することは俺の独断だったから、目黒にその日のうちに電話して「いい人が見つかった。給料もなんでもかんでも『いいです!』って言うんだよ」と報告したら、あいつは「ダメだダメだ。本当に俺たちの会社はいつ潰れるか分からないから(雇用の)約束なんてできない!」と怒った。彼は律儀で頑固なところがあるから。でも結局、翌日から来てもらった。

本の雑誌社勤務時代の記憶が鮮明な群ようこさん
本の雑誌社勤務時代の記憶が鮮明な群ようこさん
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新刊紹介

椎名誠

しいな・まこと●1944年東京都生まれ、千葉県育ち。1979年『さらば国分寺書店のオババ』刊行。89年『犬の系譜』で第10回吉川英治文学新人賞、90年『アド・バード』で第11回日本SF大賞を受賞。『岳物語』『大きな約束』『家族のあしあと』等の私小説、『武装島田倉庫』『水域』等のSF小説、『わしらは怪しい探険隊』を原点とする釣りキャンプ焚き火エッセイ、『出てこい海のオバケたち』等の写真エッセイまで著書多数。ジャンル無用の執筆生活を続けている。近刊は『哀愁の町に何が降るというのだ。』『真夜中に吠えたくなって』『中学生あらくれ日記』。

群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『捨てたい人捨てたくない人』、エッセイに『還暦着物日記』『スマホになじんでおりません』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』『ちゃぶ台ぐるぐる』『かえる生活』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』』など著書多数。

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