2025.11.22
これからのメディア論、そして“老い”を前提にして50代もごきげんに仕事をするコツとは?【 佐久間宣行さんインタビュー 後編】
論語に由来する孔子の言葉で“五十にして天命を知る”とあるが、50歳を迎える佐久間さんの現在の心境は?「仕事」と「プライベート」のこと、「これまで」と「これから」を聞いた。
前編は仕事のペースの変化から家族とのこと、これまでの振り返りを中心にお話いただきました。
後編ではこれからのビジネスの展望を伺います。
取材・文/広沢幸乃 撮影/角田航(TRIVAL)

――50代、さらにその先に向けて、どんな作戦を立てているんですか? できるだけ具体的に教えてください。
ひとつは、「ピラメキーノ」などで過去にも作ったことのある“子供向け配信番組”ですね。日本の配信ジャンルでは、まだしっかりしたクオリティのものは多くないと思っていて、面白いことできそうだなと。ただ、子供向けコンテンツってめちゃくちゃ大変なんですよ。
昔、「ピラメキーノ」に携わっていたからわかるんですが、最初の飛び付きはいいが、飽きられるのもめちゃくちゃ早い。 コンテンツをとにかく充実させないといけないし、ショートコンテンツもたくさん撮る必要があるんです。いざやるぞ!と腹をくくったら、足場を固めるまでに最低でも数年はかかるし、特に最初の1年は休めなくなるかもな、と。今は、その忙しさに戻るかを悩んでますね。
――キッズ番組を作るにあたって、娘さんの影響はありましたか?
めちゃくちゃあります。そもそも娘が3歳の頃、彼女が面白いというものを一緒に観ていなかったら「ピラメキーノ」は制作していないですし。自分が関わっていなくても、娘が「かいけつゾロリ」にハマった時は僕も全巻読んだし、「テニミュ(ミュージカル『テニスの王子様』)」が好きって言ってたらそれも観るし。漫画をはじめ、「面白いよ」と言われた作品はすべて読んだり観たりしていますね。娘の“好き”を理解できなくても知る。大事にしていることを一緒になって楽しむようにしています。それは今もそうですね。
――だから今のようないい関係が出来上がったのかもしれませんね。
それは大きいと思います。学校行事はあまり参加できませんでしたが、幼稚園の頃は登園の“送り”だけはほぼ毎日やっていて、そこで1日20分くらいおしゃべりしてたんです。成長してからも2週間に1回は早めに仕事を切り上げ、娘のピアノの送り迎えをして、そのあと2人で夕飯を食べるとか。どんなに多忙でも“会話する時間”を大切にしていました。あとは高校を卒業するまで、週1・2回ですけどお弁当も作ってましたし。イベントやライブ、旅行に一緒に行くときも、「パパは“面倒だからやりたくない”とか、愚痴っぽくないからラク」と言われますね。
娘としての愛情ももちろんありますし、親子の関係ではあるけれど、単純に“しゃべっててオモロイ若者”なんですよ。新しいキャスティングや企画ができるも、Z世代の娘とおしゃべりしているからというのも少なからずあると思います。
僕は、今、最も炎上しやすいと言われる生放送のラジオのパーソナリティをやってるし、女性タレントにフォーカスした少し攻めた企画もやっている。それでも大きな事故が起きていないのは、娘やその友達から、若い世代との付き合い方とか、今の時代に合わせた言い方や表現方法を学んでいるからかもしれません。
――それ以外のプランはどんなものがあるんですか?
YouTubeチャンネル「NOBROCK TV」とともにサブチャンネル「BSノブロック〜新橋ヘロヘロ団〜」というものがありまして。こっちはおじさんが集まって、食べて、呑んで、おしゃべりする企画が柱の一つなんですが、“楽しそうな素人のおじさん”を推してくれる視聴者の方が思いのほか多くて。僕を含むロスジェネ世代は、生きづらかったり、先行きに不安を抱えている方が少なくないので、少しでも気持ちが上向きになれるようなプロジェクトを始められたら、と思うようになりました。同世代向けのイベントとか本とか、商品開発とかもあったら楽しいかも、と。同世代の心をほぐして、もやもやした苦しさから解放できるような……。
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