2025.3.29
「学歴」というフィルターで世界を認識する狂人たち【小川哲×佐川恭一 学歴対談・前編】
東大生は無菌室育ちが多い?
佐川 一つ聞きたいことがあるんですけど、僕の体感では京大より東大の方が変わった人が多い気がするんですよね。『学歴狂の詩』にも登場する〈東大文一原理主義者〉内山に東大を案内してもらったことがあったんですが、そのときにキャンパスを見て、「何かホンモノの空気を感じるぞ」ってなったんです。何というか、自分を変人だと思ってなさそうな、ナチュラル変人が食堂にいっぱいいるな、と。京大生は校風を自覚しすぎちゃうのか、結構な割合の人が変人である自分を誇示しちゃうんですよ。だけどその時点でそいつは凡人に過ぎひんわけじゃないですか。ちょっと僕の感覚的な話にはなっちゃいますが、この「東大生一番ヤバい説」はどうでしょう?

小川 僕は京大生をそれほどたくさん知らないので、正確なことはわかりません。でも、一つ仮説があって、それは東大生には無菌室育ちが多いということです。
佐川 無菌室?
小川 はい。僕は理一(理科一類)のクラスだったんですが、そこには女性がほとんどいませんでした。そんな環境では何が起こるかというと、希少な女子にクラス中の男子が群がって親衛隊を作りはじめるんです。僕のクラスにも親衛隊に囲まれている女の子がいたんですが、彼女はなぜかいつも語尾に「みょん」を付けて喋ってたんですよ。「お腹すいたみょん」みたいに。
佐川 嘘やろ!?(笑)
小川 いや、作り話じゃないです。僕もクラスの懇親会でそれを目撃したときには驚きました。いまでは申し訳なかったと思っているんですが、その場に居合わせた友だちと彼女の語尾を真似しながら会話したんですね。「生ビール一つお願いみょん」とかって。すると親衛隊の一人が僕らのところに来て、「君たちのせいであの子泣いちゃったよ」と言うんです。すぐに彼女に謝りました。「そういうイジりは良くなかったね」と友だちと反省もしました。ただ同時に、僕には彼女が泣いてしまったことが衝撃的で。彼女は当時19歳でしたが、いままで語尾に「みょん」を付けて喋ってても、誰にもイジられたり何か言われたりしなかったんだ……と。
佐川 まさしく無菌室で生きてきたんでしょうね。
小川 佐川さんは東大にナチュラル変人が多いと言いましたけど、きっとそれは東大生が育った環境に要因があるんだと思います。彼・彼女らが生活していた学校には、僕みたいな意地悪な人間はいなかったんでしょう。だから語尾に「みょん」をつけて喋ることをふつうだと思っていられた。もちろんそれは悪いことではありません。むしろ多様性を重んじる点から考えれば良いことなんだと思います。ただ、当時の僕にはそれがなかなかの驚きだったんです。高校や中学で培った常識のまま東大で振る舞うと、いろんな人を傷つけちゃうかもしれないなと気づけた経験でした。
佐川 たぶん関西やったらどっかでツッコミを受けますからね。「みょん」が看過されることは絶対にない(笑)。遠藤も周りからのツッコミがあったからこそ輝いていたし。
小川 東大にはボケ続けてるのにツッコミを受けないまま大学に入ってきた人が多いんでしょうね。
佐川 共学・男子校・女子校の違いも大きいかもしれませんが、「東大にはNOツッコミの無菌室で生きてきた人が多い」っていう小川さんの仮説は説得力がありますね。
もがき苦しむ学歴至上主義カルトの信者たち
佐川 さっきふつうの人は大学に入ったら認知の枠組みが変わるとおっしゃいましたけど、僕はその修正にめちゃくちゃ時間がかかった自覚があります。僕だけじゃなくて、『学歴狂の詩』に登場する某R高生たちはみんな受験の枠からなかなか抜け出られなかった。じゃあ京大生が全員そうかというとそうではありません。たとえば地方の公立進学校から来た人たちなんかは基本ふつうなんですよ。スパルタ教育を受けた感じもなくて、「高三まで本気で部活やってたけど京大受けたら受かりました」みたいな人も結構いて。そういう人って認知がまったく歪んでないというか、話してるとこっちが恥ずかしくなるほどまともなんです。
小川 たぶん某R高校の特徴なんじゃないかな、その認知の歪みは。僕の通っていた渋幕も進学校だったけど、東大・京大至上主義みたいな価値観は別に植え付けられなかったし。
佐川 そうなのかなって大人になってだんだんわかってきました。しかも僕は高校受験で入ったタイプなんで、尚更なんやと思います。某R高校は中高一貫なんですが中学入学組は割と余裕をもって勉強を仕上げられる人も多いんです。一方、高校受験組はスタート時点で遅れてるからめちゃくちゃ厳しくされる。青春ぜんぶ捧げないと受からんぞってビシバシ指導されました。
小川 最初の一年で徹底的に価値観を破壊されるというか。
佐川 破壊されましたね。おかげで「東大・京大しかありえん」みたいな思想になりました。そのぐらいの勢いが合格に必要だったというのはわからないではないんですが……
小川 学歴至上主義カルトの信者がそこでできあがるんでしょうね。三年間どっぷりそのカルトに浸かったから、抜け出そうと思っても抜け出せない。『学歴狂の詩』はそこから外に出ようともがき苦しんでいる過程としても読めるわけですよ。
佐川 そうなんですよ。みんなすごい苦しんでる。だからついつい某R高校の悪口っぽいことを言っちゃうんですが、本質的には母校が好きなんです。言うても受験という青春を過ごした場所ですからね。でも、僕はいま子育てしてるんですけど、自分みたいにだけはなってほしくないと思ってます(笑)。
小川 佐川さんは父親に「学歴なんかいらない」と言われて育ったと書かれていたじゃないですか。勝手に勉強が得意になって、勝手に学歴狂になったわけですよね?
佐川 そうですね。小五の終わりぐらいに塾に入って、最初のテストでかなりの好成績をおさめた瞬間から人生が変わりました。あの時結果のすごさを親に熱弁してた先生の顔はまだ思い出せます。父親は学歴コンプだから「大学なんて行かなくていい」ってずっと言ってたんですよ。家では大卒の仕事できないやつをいつもバカにしてました。そうやって「高卒で出世してきた自分はすごい」と思わせたいんだろうなっていうのをひしひしと感じて、当時はめっちゃウザかったですね。
小川 学歴というものさしでしか話ができないという意味では佐川さんと一緒なのかもしれない。歩んだ人生は全く逆なのに。
佐川 確かにそうかも。父親は母子家庭でずっと貧乏やったんですよ。頭は良かったけど金がなかったから大学に行けなかったと言ってました。ある意味では父親も学歴狂だったのかもしれません。
【後編に続く】
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あまりの面白さに一気読み!
受験生も、かつて受験生だった人も、
みんな読むべき異形の青春記。
——森見登美彦さん(作家・京大卒)
佐川さんが受験・文学賞・非モテの周りをぐるぐるぐるぐる回り続けて飛び散った汗が、鋭利な文体に照らされ、さまざまな色に光るのを眺めることでしか得られない何かが、確実にあるのだ。
——金子玲介さん(作家・慶應大卒)
ものすごくキモくて、ありえないほど懐かしい。
——ベテランちさん(東大医学部YouTuber)
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