2026.10.24
アフォリズムとは何なのか?「『東京』というゲーム」の炎上を生んだ切り抜き【小川哲×長瀬海 対談・前編】
誤読はなぜ起こるのか
長瀬 今回、小川くんは稲葉さんからアフォリズム本を作りましょうと提案されたとき、どんな反応をしたの?
小川 けっこう悩んだんだけど、「まぁ俺自身が何かするわけじゃないからいいか」と思った。ただ、「あとがき」にも「下品な」企画だと書いたけど、こういった本を出版すると同業の作家からどう思われるかは少しだけ気になった。でも今の時代、作家の生活と出版社の利益を両立させるための新しい方法を考えないといけない時代になったのは、多くの作家が知っているはずで。だから「こんな本を出して小川哲も終わったな」なんて思う人はほとんどいないだろう、とも思い直して。だったらいいかなと、ゴーサインを出しました。
長瀬 でも、『屁理屈と哲学』は単なる過去作の寄せ集めじゃないよね。この本をとおしてじゃないと読めない文章もたくさんある。たとえば、小川くんが東大の大学院で書いた修士論文の抜粋も入ってるし。
小川 けど、修士論文がまるまる入ってるわけじゃないからね。つまり、ここに収載されている修論もインタビューも書評も、今や手に入りにくい媒体からの抜き出しだから、かつての小川哲が何を言ったかを味わうためのファンブックじゃないわけですよ、この本は。それを期待して読むと、全然おもしろくないと思う。この本がどう受け止められるかはわからないけど、僕の小説を一冊も読んだことがない人にもおもしろいと思わせることが『屁理屈と哲学』という本の目的の一つなんじゃないかな。
長瀬 そうね。だから、文章が物語のコンテクストにしっかり根を張っているものは抜き出しづらかったんですよ。小川くんが序文で「以下の文章は必ずしも僕の思想を表すものではないが、どのように誤読してもらってもかまわない。」と書いていたけど、物語のコンテクストと密接に結びついている文章は誤読を許さないんだよね。だから僕のしたことは文章からコンテクストを剥ぎ取るような作業だったのかも。
小川 おもしろいね。長瀬くんはふだん書評家として物語のコンテクストについて考える仕事をしているのに、今回はどう剥ぎ取るかを考えたわけだ。
長瀬 誤読と言えば、最初の「東京」はSNSで炎上した文章ですね。原文は麻布競馬場『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』の書評だけど、小川くんは同書に描かれているものを「『東京』というゲーム」と表現し、そのゲームに乗っかった勝者を冷ややかに記述した。さらに「言うまでもなく、こんなゲームに参加をするべきではない」と書いていたのに、その直前までが切り取られて拡散され、小川哲はこんな思想を持っているのかと批判された。
明確に「『東京』というゲーム」を否定していた小川くんの文章はコンテクストを剥ぎ取られた状態でSNSに移植され、誤読された。ある意味では今回、僕は彼らと同じことをしたことになる。もちろん彼らが悪意に基づいてやっていたのに対して、僕はそれなりの善意を込めて作業したわけだけど。
小川 あの文章が炎上したときは麻布競馬場に損害賠償請求しようかと思いました(笑)。まぁそれは冗談だけど、腹が立ったというより、悲しくなったね。書評が恣意的に切り取られて炎上するなんて想定してなかったから。でも、今の世界で名前と顔を出して作品を発表する限り、ああいうミスディレクションが起きるのはもう避けられないかもしれない。だからこそ、誤読のポジティヴな面にもっと目を向けてもらうために、『屁理屈と哲学』が企画されたとも言える。
【後編に続く】
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