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【写真家・石川直樹さん 14座登頂記念インタビュー】後編/山岳史の常識を覆す「偽ピークvs本当のピーク」問題

2024年10月、写真家の石川直樹さんがエベレストやK2といった、地球上にある標高8000mを超える14の山すべてに登頂しました。
前編では写真家でありながら14座を目指した想い、ヒマラヤのシェルパの在り方や登山スタイルの変化についてお伺いしました。
後編では、14座に興味を持つ大きな契機となった「偽ピークvs 本当のピーク問題」について。「いろいろ調べていくうちに、面白くなっちゃって」と石川さんが語る、この論争とは?

撮影/藤澤由加
取材・文/よみタイ編集部

山岳史の常識を覆す「偽ピークvs本当のピーク」問題

――“偽ピーク問題”?とはどういうことですか?

単純に言えば、これまで8000m峰に登ってきた人たちが、いくつかの山で頂上を間違えていたってことが最近になって仔細に検証され、わかりはじめたということです。
ドローンなどの技術の進歩もあって、本当に高い場所がどこなのか、ビジュアルでもわかるようになったことも大きいと思います。

昔は「認定ピーク」なる言葉があって、一番高い場所でなくてもそこまで行けば「頂上」とみなされるという謎の取り決めもあったんですよ。

そういう流れの中で、エバーハルト・ユルガルスキーというドイツの山岳史家が、今まで14座を登頂した人について、だれが本当の頂上に登ったのか、だれが登っていないのかを、昔の登頂時の写真などから全部調べ上げた。それを「8000ers.COM」っていうサイトでリスト化して発表したわけです。

――その、ユルガルスキー……という人は独自で調査した、ということですか?

彼一人というよりは、彼のチームで検証したみたいですね。それでヨーロッパやアメリカで議論が巻き起こった。
公的機関ではないのですが、その調査が緻密かつ正確だったので、今では「ヒマラヤンデータベース」など、老舗の登頂認定をしてきた団体も、ユルガルスキーのリストに従って、記録の修正をはじめました。

――本当の頂上かどうかは、頂上での写真から判断するんですか?

そうですね、頂上の写真がまず一番重要な証明になります。だからみんな頂上では写真を撮ります。その写真を検証すればわかるので。

だけど、天候が悪くてホワイトアウトしているときもありますよね。そうした場合は、「こういうルートで登った」とか「ルート上にこういう岩がありました」とか、登山者の証言をもとに判断します。

カメラがなかった時代は頂上から何が見えたのか、スケッチなどをして。でも登山は基本的に性善説に立っているんで、登山者は嘘をつかない、という前提があって“登頂”という概念が成り立っている。
まあ、とにかく今は山頂での写真を調べれば、それが最高点か否かは、ある程度わかるようになりました。

――いつくらいからこの議論が出てきたんですか?

2021年くらいですかね。こうした議論が勃発してから「実は本当の頂上に立ってない」みたいな事例がたくさん出てきちゃって。
例えば、ラインホルト・メスナーは8000m峰14座に世界で最初に登った人として有名ですけど、アンナプルナでは本当の頂上には立っていなかったのではないか、と指摘されたりしていた。それで僕も「本当の頂上とか偽の頂上(や認定ピーク)って一体どういうことだろう?」と思って興味を持った。

――石川さん自身もそんなことがあるのか、という驚きだったんですか?

驚きでしたね。で、実際自分も2012年のマナスル頂上での写真を見返してみたんです。そしたら、確かに頂上として自分が立っている場所の後方に、1mぐらいそこよりも高い場所が写ってた。

だけど、1mほど高く見えるその場所が、「すぐ後ろにあるちょっとした丘」くらいのレベルなのか、そこに到達するのが大変な場所なのか、というのが今となっては判然としないので、実際にもう一回登って確かめてみたくなった。

――でも、マナスルの写真を確認して、今更「本当の頂上じゃないかも」なんてわかったらショックじゃないですか? そもそも「認定ピーク」なわけですから、実際には隊では「これが頂上だ」となるわけですよね? 「登頂おめでとう!」みたいなムードにもなるでしょうし……。

マナスルの認定ピークと言われている場所はもっと下のほうで、自分では最高点に立ったと思ったんですよ。ここが頂上だよ、とシェルパたちからも言われたし、自分も「あ、頂上だな」とは思った。でも、改めて今振り返ると、確かにマナスルでは後ろにもうちょっと高いところあったかも……みたいな。

―― それを自分の目でもう一度確かめたいっていうことだったんですね

確かめたいと思いました。「どんなもんかな」みたいな。本当に単なる丘だったり、階段2段分ぐらいしか違わないんだったらどうでもいいと思えるかもしれないけど……。

2012年のマナスル登頂時の様子(2022年10月13日のインスタグラムより)。自身の投稿でも当時の映像を振り返り、背後の少し高い箇所について触れている。
2012年のマナスル登頂時の様子(2022年10月13日のインスタグラムより)。自身の投稿でも当時の映像を振り返り、背後の少し高い箇所について触れている。

―― もう一度登った結果、実際は大変な違いだったという……。

実際に登って確かめた結果、これは大きな違いだと僕は思いました。
マナスルでは登山の難易度が変わってくるような感じです。ダウラギリでは偽ピークと本当のピークが150mぐらい離れていて、「確かに全然違う!」と。実際、本当のピークにこだわって、命を落としていった人もいるわけで……。

2022年9月29日に投稿されたマナスル登頂の様子。2012年の登頂時の動画に写り込んでいた後ろのピークのさらに先にある本当の頂上=最高点に無事登頂した。
2022年9月29日に投稿されたマナスル登頂の様子。2012年の登頂時の動画に写り込んでいた後ろのピークのさらに先にある本当の頂上=最高点に無事登頂した。

マナスルに初登頂したのは日本の隊ですが、彼らは苦労して本当の頂上に登っている。なのに「本当の頂上に行くのは大変だから、手前でもオッケー」みたいな考え方はちょっとおかしいな、というか。

とにかく「なんなんだこれ!」と、自分で行って調べてみたくなっちゃって。本当の頂上という意味でカウントしていくと、日本人ではだれも14座には立っていないことになってしまったし、だとしたら自分がやってみても面白いんじゃないか、と思ったこともありましたね。

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新刊紹介

石川直樹

1977年東京生まれ。写真家。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、ヒマラヤから都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。ヒマラヤを撮影した写真集に『Qomolangma』『K2』『Lhotse』(いずれもSLANT刊)などがある。11月にSLANTから写真集『Nanga Parbat』、平凡社から『チョ・オユー』が発売になった。

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