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【写真家・石川直樹さん 14座登頂記念インタビュー】前編/写真家としてのオリジナリティと、新時代のシェルパを追って14座へ

2024年10月、写真家の石川直樹さんがエベレストやK2といった、地球上にある標高8000mを超える14の山すべてに登頂しました。
登頂を記念して、写真家でありながら14座を目指した理由や想い、2001年に初めてエベレストに登頂して以降、通い続けているヒマラヤについてなどをお伺いします。

撮影/藤澤由加
取材・文/よみタイ編集部

写真家としてのオリジナリティと、新時代のシェルパを追って14座へ

石川直樹さん 14座登頂記録

2001年5月/エベレスト(チベット側から)
2011年5月/エベレスト(ネパール側から)
2013年5月/ローツェ
2014年5月/マカルー
2019年7月/ガッシャブルムⅡ
2022年4月/ダウラギリ 
2022年5月/カンチェンジュンガ
2022年7月/K2
2022年7月/ブロードピーク
2022年9月/マナスル
2023年4月/アンナプルナ
2023年7月/ナンガパルバット
2023年7月/ガッシャブルムⅠ
2023年10月/チョー・オユー
2024年10月/シシャパンマ 

――まずは14座、無事の登頂おめでとうございます。最後の一座となったシシャパンマを登頂された時に、最初に頭に浮かんだ言葉や、想いはどういったものでしたか? 

周囲を見渡して「ああ、ここより高いところはもうどこにもないな」と思ってほっとしたっていうのが最初の気持ちでした。シシャパンマの頂上間近になってから、〝偽ピーク″というか、頂上のように見えても実際にその場所に行ってみるとまだ頂上ではなかった、ということが3回くらいあったので。

――最後まで自分のいる場所が、偽ピークではなくて本物の頂上かというのを気にして登っていったんですね。

そうですね、そんな感じでした。

――2011年に2度目のエベレスト登頂に成功して以降、ほぼ毎年ヒマラヤの高峰に登っているものの、2001年の最初のエベレスト登頂からは20年以上経っています。ヒマラヤの高峰に登り始めた最初から14座を目指していたわけではないのかな、と思えるのですが。

全然ないです。

――でも2022年からは1年のうちに8000m峰を連続で登られていて、ここから「登るぞ」と決めたのかな、という風にも推測できます。どんな心境の変化があったんですか?

最初は8000m峰のうち、高い順に5座登って写真を撮ろう、と思ってたんですよね。そういった場所で写真を残している写真家もいなかったので。だから2011年くらいから2019年まで、毎年のようにヒマラヤへ通っていました。

ところが2019年からはコロナ禍で2年間どこにも行けなくなってしまった。その間は渋谷でネズミを追いかけて写真を撮っていたりしてたんですけど(注:その時の作品は写真集『STREETS ARE MINE』に収められている)。
2022年にコロナ禍が明けたっていうことで、「さあ、また山登り再開するぞ!」と決めて、ヒマラヤで世話になったシェルパたちに連絡を取り始めました。

友人のシェルパたちに連絡を取っていくうちに、「今度ダウラギリ行くけど、一緒に来たらどう?」って誘われたりして。 結果的に2022年からは8000m峰に連続して登ることになり、気が付いたら10座手前くらいになっていました。その頃にはシェルパの仲間もどんどん増えていって「ああ、こいつらと一緒に14の8000m峰を全部登れたらとても楽しいだろうな」と思い始めたのがきっかけですかね。

――ということは、仲間、シェルパの人たちの存在が大きかったということですか。

非常に大きかったです。2019年くらいから付き合いはじめたシェルパたちとは特に親しいです。それまでヒマラヤの高所登山でお世話になっていた人から「ミンマ・ギャルジェ(以下ミンマG)っていうすごいシェルパがいるぞ。次、もし8000m峰を登るんだったらそのミンマGに相談してみろ」って紹介されて。それで実際に会ってみたらいいヤツそうだな、と思った。一緒に登り始めたら、彼自身がすごく面白いっていうか、人物として尊敬できるなと思い始めて。それで一緒に登り始めるようになったんです。

――そのミンマGがチームを率いるイマジンネパール社の遠征に参加して登られるようになった。

イマジンネパール社は今やヒマラヤの高所登山を牽引する会社になっています。

――8000m峰に登るといってもいろんなスタイルがあるみたいですね。自分でスタッフを募って、自分のための隊を編成していくケースもあるけれど、石川さんは隊の遠征があって、そこにジョインするみたいなイメージなんですね

そうです。でも完全にオープンな公募隊でもなくて、高所登山について全く経験や知識がない人はいないし、同じくらいの経験値を持っている人しかいませんね。

――ある程度イマジンネパール社が登山の経験値や実力を見極めて声をかけている、という感じなんですかね。「この人だったら一緒に登ってみたい」と思えた具体的なミンマGの魅力はどこにあったんですか?

シェルパとは、ネパールのヒマラヤの麓に住む山岳民族のことで、ヒマラヤの遠征隊の縁の下の力持ちとして裏方で仕事をする人々というのがこれまでの一般的なイメージでした。
ところが、今の30代のシェルパたちは自分のための登山をするようになったり、国際山岳ガイドとして表舞台に立って、ヒマラヤでもヨーロッパのガイドに引けを取らないレベルで仕事をするようになっています。

こうした新世代を牽引する活躍をしていたのがミンマGだったんです。彼と共に登山をすることで、シェルパの新しいあり方を目の当たりにできると思ったし、責任感を持った優れたシェルパだと思ったので、彼と一緒に登山をしていきたいな、と思ったんです。

――登山の実力以外の、人柄はどういった方なんですか?

昔ながらのシェルパ像を彷彿する、ちょっと控えめなところもあるし、一方で主張するところはきちんと主張するし、実に人間臭い、でも頼りになる人ですね。

ロールワリンっていう地域出身のシェルパなんですけど、英語や中国語、ウルドゥー語ができて、国際感覚や社会性といったバランスも持ち合わせています。

――ヒマラヤ遠征というと、世界中から個性が強い登山家たちがやってくるわけですよね。参加者の国際色も豊かでしょうし、文化や考え方の違いがある。その中でのバランサーみたいなことができる、ということでしょうか?

リーダーなので当然バランス感覚も優れているし、IFMGAガイドという、取得するのが難しい国際ガイドの資格も持っています。卓越した体力と登攀技術もある。IFMGAガイドの資格は日本でも持っている人は多くないです。

――なかなか稀有な存在なんですね。

例えばこれまでは6000mの未踏峰にシェルパ自身が自分のために登る、なんてことはなかったんですが、ミンマは一人でバリエーションルートを登ったりしています。国際的なガイドの資格を取得し、パキスタンやフランス、アメリカなど、ネパール以外のいろんな国にも遠征に行っていて経験も豊富です。

今までのシェルパはどんなに強くても、自分だけで、あるいは自分たちだけで登山する、といったことはほとんどしてこなかったのですが、彼の世代あたりから、そういうシェルパが出始めました。

2001年から様々なシェルパの世話になりましたが、登山は仕事だと考えている人が多かった。登山シーズンが終わると、ヤクを飼育したり、宿を経営するといった村での仕事に戻る。自分たちの文化圏の中で、村の生活と高所登山の仕事を組み合わせていました。

でも、ミンマたちは通年山にいます。春のネパール、夏のパキスタン、そして秋のネパール、そして冬も海外の山に行ったりしています。彼らはヒマラヤから外の世界に目を向けた最初の世代であると同時に、SNSによって自分たちがやってきたことをきちんとアピールするようになった最初の世代だとも言えます。

――シェルパのあり方や価値観の変化に興味を持ったという。一方で写真家として14座登るモチベーションはどこにあったんですか?

山の麓から頂上に至るまで写真を撮る、という目的で8000mの14座に登っている人は世界中にいないので、自分がやってみよう、と。登山家が小さなカメラを持って記録として撮影することはありますが、ネガフィルムを装填した中判カメラを使い、登りながら撮影している人は、日本はもとより世界にもいないので。
それだけで他とは違う、自分だけのオリジナリティが生まれる。このスタイルはこれからも変わらないでしょうね。

――8000m超の世界は岩と雪だけの世界ですよね。正直同じような景色にもなる気がするのですが、それぞれどのような違いを感じましたか?

それぞれの山、どれも非常に個性が際立っていて、全然違うんですよ。自分の精神状況や、天候や季節によっても山っていうのは見え方がまったく異なってきます。

――自分の捉え方が違ってくるから、また写り方も変わってくる。ということですか。

もちろんそうですね。

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石川直樹

1977年東京生まれ。写真家。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、ヒマラヤから都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。ヒマラヤを撮影した写真集に『Qomolangma』『K2』『Lhotse』(いずれもSLANT刊)などがある。11月にSLANTから写真集『Nanga Parbat』、平凡社から『チョ・オユー』が発売になった。

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