2025.8.20
タワマン住みエリート会社員が少年時代にポケモンで遊べなかったことを後悔する理由とは?【5分後に、虚しい人生。試し読み】
刊行を記念して、表題作の「本当に欲しかったものは、もう」を無料公開します。
この話は窓際三等兵さんが2022年11月に投稿後、SNSやまとめサイトで大きな反響を呼びました。
タワマン住み早稲田卒エリートの「虚しさ」をぜひ味わってください!

「本当に欲しかったものは、もう」
「夏休み、パパが東京にミュウの配布会連れてってくれるって!」「いいな! てかポケモン青、いつ届くんだろ」。チャイムの音と共に騒がしくなる教室で、目を輝かせる友人達。小学校の話題の中心はいつもポケモンだった。僕は一人、いつも下を向いていた。ウチにはゲームボーイも、スーファミもなかった。
「ファミコンは目が悪くなるから」。僕と弟がゲームをねだるたび、母は困った顔をして、でも決して折れなかった。図鑑、世界名作全集、蟻の観察セット。サンタさんは毎年、僕のリクエストを無視して髙島屋の包装紙に包まれた立派なプレゼントをくれた。少しも嬉しくないのに、喜んだふりをするのが辛かった。
銀行員の父が毎晩遅くまで働く中、短大卒で専業主婦の母は気負っていた。お菓子は手作りで、床にはチリ一つなく、洗濯物はいつも綺麗に畳まれていた。彼女の信じる理想の子育てとはつまり公文とスイミングとピアノのローテーションであり、ゲームボーイみたいな退廃的な娯楽が入り込む余地はなかった。
大人にとっての理想の息子は、子供の世界では異物でしかない。ポケモンの話題についていけない僕を待っていた疎外感。クロールのタイムが速くても、小学生で因数分解ができても、誰も僕に関心を持ってくれなかった。みんな、放課後は通信ケーブルを持っている田中君の家に集まり、通信対戦に夢中だった。
ドラクエもFFもクロノトリガーも、テレビで友達のプレー画面を見ているだけで我慢できた。でも、ポケモンは違った。ゲームボーイの画面は小さく、見ようとすると「近いんだけど」と邪険に扱われた。通信対戦で盛り上がる友人達のそばで一人、本棚の古いコロコロを読んでいた。涙をこらえるのに必死だった。
お小遣いを貯めて、ポケモンの攻略本を買った。隅から隅までボロボロになるまで読み込んだ。技マシンの番号と技名を全部覚えた。全ポケモンの進化パターンもそらんじた。でも、そこには僕が動かせるピカチュウもミュウツーもいない。むしろ虚しくなるだけだと気づくのに、そう時間はかからなかった。